【野球】“不可能を可能に”ワールドウィング・小山代表が明かすイチロー氏とともに歩んだ四半世紀
出会いはメジャー移籍が決まる1年前、99年の12月。あれから26年、51歳のイチロー氏を今でも「いっちゃん」と呼ぶ。
イチロー氏が自宅に設置し、日々鍛錬に励む初動負荷トレーニングカムマシンの開発・研究で知られる「ワールドウィング」(鳥取市)の代表で、神経筋生理学者の小山裕史氏。イチロー氏が「これだけ長い間、僕の体や気持ちを知っている人はいない」と話す、とてつもなく大きな存在だ。
固定観念にとらわれず、イチロー氏とともに歩んだ四半世紀。小山氏は「振り返って感じているのは、畏敬の念と恐怖ですね」と話す。誰も成し得なかった記録を達成し、未開の地を突き進むイチロー氏への「畏敬の念」と、もしも思い描いた結果が出なければという「恐怖」。光を求めて無に向かっていったイチロー氏のごとく、小山氏の中に相反する感情が同居していた。
大きな挑戦はイチロー氏がマーリンズへ移籍した15年だ。40歳。プロ22年目にして初めてスパイクを替えた。小山氏が提唱する初動負荷理論(※1)を基に開発されたシューズ(※2)。「これは履物ではなく、武器ですね」。そう選手に言わしめた高性能スパイクで新たな高みを目指した。
唯一無二のプレースタイル。同氏は「いっちゃんは『立体的な動作空間』に『時間』を加えた四次元の連続体で、理想のパフォーマンスを追求していた」と話す。「投打の動作でバットや指先に加速した力を集めるには、一度に全筋肉が使われるのは不合理。タイミング的に使われたくない筋肉の活動を抑制して緩めることで活動順を合理的にする力が必要。これが可能にするしなやかさと加速力。そこを鍛えた。いっちゃんが持つしなやかさは数値には現れないもの」と続けた。
スポーツ選手の動作や故障だけでなく、日常生活の中で発症する機能障害の改善の研究にも心血を注ぐ小山氏。「機能障害を持つ方は一般的なリハビリ期間を過ぎると、神経系への介入のない筋トレを行っても機能と動作は変わらない。いっちゃんが追求するものは障害機能の改善の成果とリンクしている」と話す。
活躍する分野は異なるが、情熱と不屈の精神で不可能を可能にしてきた二人。小山氏は言う。「科学研究者とアスリートを合体させるといっちゃんになる。『科学を追求したその先にあるものが哲学』と話し合ったこともあります。当時から変わらない。特に今、いっちゃんが哲学者である所以だと思います」
◇小山裕史(こやま・やすし) 1956年11月14日生まれ。(株)ワールドウィングエンタープライズ代表、早大人間科学研究科博士課程修了(博士/人間科学:神経筋生理学、動作科学)。94年に初動負荷理論発表。イチロー氏、元中日・山本昌、岩瀬仁紀両氏、ゴルフの笹生優花らを指導。
◆(※1)初動負荷理論 小山氏が95年に発表。動作初期に与えた適度な負荷を取り除くかのように、ひねりと回転を伴う加速制限のない動作を反復する。関節と筋肉のストレスを感知するセンサーが好反応して、緊張が解除され、脳と神経と筋肉の制御機能が高まる。機能改善に用いられる。
◆(※2)ビモロシューズ 初動負荷理論に基づき開発された。膝、股関節など姿勢制御に関する受容器の働きを高めることで、脳、神経、筋肉の協調性を高め、理想的かつ合意的な動作を生み出すことを検証。靴底に3本のバー搭載(世界7カ国で国際特許取得)。スパイクは13本の金具を使用。