【野球】「栗山氏の後任」「長すぎる任期」理由に人事混迷 井端氏で一本化 振り返る侍新監督候補選定の経緯

 野球日本代表「侍ジャパン」の新監督候補が、中日、巨人で活躍した井端弘和氏(48)で一本化された。今年3月に開催された第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で優勝に導いた栗山英樹前監督が、5月31日に契約満了で退任。侍ジャパン強化委員会は8月中の後任監督決定を目指し、ここまで後任人事に着手した中で混迷を極めた。最終的に同氏に至った経緯を振り返る。

 9月中旬だった。強化委員会は栗山前監督に再登板を要請した。晴れやかな退任会見から約4カ月。「栗山氏の後任は、栗山氏」-。強化委員長も務める日本野球機構(NPB)井原敦事務局長は当初、「11月に大会がある。逆算すると8月末には体制を作らないといけない」と見通しを明かした。「メドなので多少ずれ込んでもいいし、早くなってもいい」とも話したが、この時期に前任者の再登板が話題になる時点で、窮状がうかがえた。

 栗山監督の退任後、強化委員会は広島、中日、オリックス、ロッテと4球団の委員を中心に選定作業に着手した。監督経験者やメジャー経験者、これまでの代表との関わりなどを総合的に判断した上で、40~50人の候補者をリストアップ。前巨人監督の高橋由伸氏(48)、元ヤクルト監督の古田敦也氏(58)らが有力候補だった。

 米大リーグ・マリナーズの会長付特別補佐兼インストラクターを務めるイチロー氏(49)や、ヤンキースGM特別アドバイザーの松井秀喜氏(49)、西武や中日、大リーグで活躍した松坂大輔氏(43)らの名前も聞こえたが、実現には至らなかった。周辺の声を総合すれば「栗山氏の後任」「長すぎる任期」などが主の理由だった。

 今大会の世界一奪回は日本列島に感動を生んだ。特に決勝のアメリカ戦は、野球の神様が導いたクライマックス。ダルビッシュがつなぎ、大谷が締める。漫画でも描くことないラストは、トラウトの登場で伝説になった。帽子とグラブを投げ捨て、マウンド上で雄たけびを上げた大谷の姿は、後世に語り継がれるであろう名シーン。これを超えるドラマは、なかなか描きづらい。

 勝負の世界は「勝てば官軍、負ければ賊軍」と言われる。だが、次大会はその言葉以上に、連覇で当然…「敗退=監督の責任」が重くのしかかる。さらに当初、任期は26年春に開催される第6回WBCまでを理想としていた。その間は専任を基本線として、シーズン中も国内外の視察など、代表監督としての煩雑な業務があるだけに12球団の監督、コーチ兼任はほぼ不可能。さまざまな制約も多かった。

 結果的に栗山氏が再登板を固辞。最終候補には井端氏の他に、前ロッテ監督の井口資仁氏(48)、前DeNAのアレックス・ラミレス氏(48)らが残ったと見られる。その中から選手、指導者として国際経験も豊富な井端氏に白羽の矢が立った。同氏は侍ジャパンU12の代表監督を務め、7月29日から台湾・台南市で開催された「第6回WBSC U-12ベースボールワールドカップ」に出場。トップチームでも19年の第2回プレミア12、21年の東京五輪でコーチとして優勝に貢献した。

 大会後には「今後も侍ジャパンに関わっていきたい。U-15にも興味があります。12、15と、(経験した上でのトップチームは)理想ですね」とし、若い世代から段階的な指導を行った上で、最終的にトップチームの監督就任についても「そういうのはありかなと思う」と前向きだった。

 同氏は強化委員が求めた要件についても、国際大会の経験が豊富、世代交代を図るフレッシュな人材など、多くをクリアしている。任期についても、ひとまずは24年11月の第3回プレミア12をメドとし、方針転換することで支障も軽くなった。紆余(うよ)曲折はあったが最終的に実績、経験ともに、トップチームの指揮を執るには適任と言える。重圧を力に変える采配を期待したい。(デイリースポーツ・NPB担当・田中政行)

 ◆井端 弘和(いばた・ひろかず)1975年5月12日生まれ、48歳。神奈川県出身。現役時代は右投げ右打ちの内野手。堀越から亜大を経て97年度ドラフト5位で中日入団。14年に巨人移籍。15年に現役引退し巨人の1軍内野守備走塁コーチに就任。18年退任。現役通算1896試合で打率・281、56本塁打、510打点、149盗塁。ベストナイン5度、ゴールデングラブ賞7度。13年WBC日本代表。

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