中井貴一の涙腺が崩壊「止まらなかった」高倉健さん「苦労したろう?」幼少期に名優の父が死去「二世とか育ちが良いとか思われただろうけど」

中井貴一
佐田啓二さん
映画「四十七人の刺客」完成会見。左から高倉健さん、市川崑さん、中井貴一=1994年10月
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 テレビ朝日系「徹子の部屋」が4日に放送され、俳優の中井貴一が出演した。

 MCの黒柳徹子から「影響を受けた先輩俳優」を聞かれると、中井は名優・高倉健さんとの思い出を振り返った。

 「僕は一番最初に『連合艦隊』という映画でデビューしたんですけど。(高倉さんに)お会いしたことも当然なかったんですが。映画の初日が終わった時ですかね。東宝の宣伝部の方からメッセージを受け取りまして。高倉さんからで。『とても良かったです。いつか必ず共演をしましょう』っていうメッセージをいただいたんです。存在がもう大きすぎて…」と当時を述懐。

 「うれしかったんですけど。まだ僕も芸能界とか、この世界のことはよく分かっていなかったので。そこから共演させていただくまでに20年かかりましたから」と話した。

 「40になった時ぐらいに初めて共演をさせていただいて。『四十七人の刺客』っていう映画で、ご一緒させていただいて。ただ、ちょっと敵役だったんですよ。ですから、一切、現場で口を利かなかった。でも、それを高倉先輩は分かってくださって。(撮影が)終わってから『茶を飲もう』って誘っていただいて」と回顧。

 「初めてプライベートでゆっくりお話をさせていただいたんですよね。そのときに、最初にコーヒーを飲みながらだったんですけど」と、高倉さんは、中井の父で若くして亡くなった俳優・佐田啓二さんのことについて語り出したという。

 「(高倉さんに)『大変だったろ?』って言っていただいて。『何がですか?』って言ったら、『俺はずっと見てたけど。2歳半で父親を亡くして、二世だとか育ちが良いとか、そういうふうに思われただろうけど。お父さんが(早くに亡くなって)俳優で蓄財ができるわけないんだ。だから苦労したろう?』って」と明かした。

 佐田さんは1947年「不死鳥」で映画デビュー。53年「君の名は」で爆発的人気となる。「喜びも悲しみも幾歳月」「秋刀魚の味」などの名作に数々出演したが、64年に交通事故で死去。幼い中井を残して亡くなった。

 中井は「ずっと自分の中に…。デビューしてから、『お坊ちゃん』みたいなことを言われることに、すごく違和感があったんですよ。そんなふうに育ってきてなかったもんですから。でも、それを何も一言も言わないのに、高倉さんが、そう言ってくださったんで。もう、そのときに涙が止まらなかったです。自分の抱えてきたものを、フワッて一瞬で理解してくれる人がいるんだって」と当時の感激を噛みしめながら振り返っていた。

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