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【野球】横浜・金井 父との絆で踏みしめた聖地マウンド、後輩に託した「横浜再建」の願い

8回、走者を出し、間を取る横浜・金井(右)=甲子園(撮影・石湯恒介)
8回に登板した横浜・金井=甲子園球場
5回、智弁学園・西村の左邪飛を好捕する金井=甲子園球場
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 「全国高校野球選手権・2回戦、智弁学園5-0横浜」(21日、甲子園球場)

 甲高いサイレンが夏の終わりを告げた。あふれそうな涙を堪えながら、横浜・金井慎之助外野手(3年)は前を向いた。強打の智弁学園(奈良)に0-5の完敗。「横浜再建」を託された左腕は、「自分たちの野球ができなかった」と悔いた。

 広島新庄(広島)との1回戦は九回2死から、緒方漣内野手(1年)のサヨナラ3ランで勝利。3年ぶりの甲子園で劇的な1勝を手にした。それでも続く2回戦・智弁学園戦は序盤から劣勢。先発した杉山遙希投手(1年)が4回4失点と打ち込まれた。

 金井に登板機会が巡ったのは、5点差で迎えた八回だった。夢にまで見た憧れの舞台。先頭打者に四球を与えたが、二盗を阻止。3安打されながら味方の好守にも助けられ、無失点で望みをつないだ。19球の熱投に「特別な思いがありました。投げていて最高に楽しかった」と笑った。

 昨秋、大会直前に肘痛を発症した。懸命なリハビリで間に合わせ、神奈川大会の準決勝・東海大相模戦に先発するも、わずか6球、2四死球で降板。センバツへの出場の夢が途絶えた。冬を越えても調子は戻らず、春季大会では桐光学園に2回0/3を投げ、5失点でKO。完全に自分を見失っていた。

 「その時は楽しさというか、そういったものが一切なかった。どうしても自分と戦ってしまい、相手が見えなくなってという感じで終わってしまった」

 春の大会後、実家に帰省した。モヤモヤな気持ちを察知したのか、父・紀幸さんに声を掛けられた。

 「キャッチボールしようか」

 サッカーに興味もあったが、父に憧れてはじめた野球だった。公園に響くキャッチ音が、幼少期の思い出を呼び起こす。「フォームじゃないぞ、思い切って投げることだけ考えろ」。何度も言われてきた言葉が脳裏によみがえってきた。「気づいたら毎日公園に行って。小学校の帰りとかにも毎日、公園でキャッチボールしていましたね」。そんな“原点”が背中を支えた。

 「最初は軽く行こうという話で行ったんですけど、結構な時間、一緒にキャッチボールをしていて。自分としても思い出すものがかなりありました。気持ちが吹っ切れました」

 夏の県大会では背番号「7」だった。それでも決勝の横浜創学館戦では、杉山のバトンを受けて九回2死から登板。1人を抑えて聖地への切符を手にした。「小さい頃から甲子園のマウンドに立つことを目標にやってきたので」。最後に用意された舞台では、140キロ止まりだった。最速148キロ左腕。ただ、本調子に戻らなくても完全燃焼はした。

 打者としても非凡な才能を持つが、投手として「プロを目指したい」と前を向く。中学時代の後輩で、背番号1を譲った杉山に“横浜再建”を託す。「1球に後悔をしてほしくないです。甲子園でしか借りは返せない。自分がなれなかった横浜高校のエースになってほしいと思います」。思い、願いはつながれていく。夏の終わりは新たな始まりでもある。別れの涙とともに、力強く再スタートを切った。(デイリースポーツ・田中政行)

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