【野球】上位指名で唯一の情報なし ヤクルト・ドラ2大下へ大器晩成の期待

 今年のドラフト会議でヤクルトから2位指名を受けた大下佑馬投手(25)=三菱重工広島。上位指名であることから、即戦力と期待されていることが想像できる。

 ただ、全国的に誰もが知る選手ではない。実際、ヤフーのドラフト速報サイトでは、指名直後は名前の部分をクリックしてもリンクが設定されておらず、大下の情報を見ることはできなかった。

 私は名前を見た瞬間、「お、もしかしたら…」と思っていた。時間がたって、リンクが設定されて経歴を見ると、確信に変わった。広島・崇徳高の1学年下の後輩だった。すぐさま、携帯を手に取り、ラインを送った。ちゃめっ気を入れつつ「おめっとさん!」。指名後は忙しかったのだろう。日付が変わってから「遅れてすんません!ありがとうございます!」と返事が来た。

 高校時代、1学年下の後輩たちはレベルが高かった。その中に大下もいたが、初めはそれほど目立った印象は無かった。確かにいい投手で、いい球を投げる。細かったが、背は高い。でも正直な話、第一印象で覚えているのはその程度。加えて、会話をして、慣れてくれば「○○さぁーん」と、口をとんがらせながら柔らかい口調で寄ってくる。本当に投手が務まるのか?印象があるとすれば、それだ。

 ある日。野手だった私は、シート打撃で大下と対戦した。何気なくいつものようにマウンドに視線を送る。すると、なぜか大下が大きく見えた。細いはずなのに。顔つきも違う。そして球にはそれまで経験したことのなかった「重さ」を感じた。大きく見えた理由。それは対外試合での登板でハッキリした。

 いざ勝負となると、性格が変わる。堂々と、自信を持って投げ込むオーラが出るのだ。強い相手だと燃え、ピンチを迎えるとギアが一段と上がる。普段の優しい性格は皆無。マウンドに上がると勝負師となる。負けん気は、人一倍強いかもしれない。

 高校3年間で実力をつけ、プロに注目されるまでの選手となる。私のイメージでは全体練習が終わった自主練習でも外野を走っているイメージ。さらに負荷をかけるため、自らタイヤを取り付け、引っ張ってポール間走を行う。見た目、雰囲気からは想像できないストイックさがあった。そして、高校時代からその名を知られていた広陵・有原(現日本ハム)、広島工・石田(現DeNA)といった同学年の投手らと、肩を並べるほどになった。

 亜大に進学後も1年から背番号をもらうなど、潜在能力は買われていた。「あの時は期待されていましたからね」と振り返る。だが、それ以降は同期の山崎康(現DeNA)、藪田(現広島)といった好投手に囲まれ、思うように試合に出場することはできなかった。それでも腐らず、持ち前の精神力で野球と向き合った。3年時から登板機会を与えられるようになると、再びプロの注目も浴びた。

 大下が亜大在学中のある年。高校のOB会で久しぶりに顔を合わせた。体は大きくなったが、あどけない笑顔は変わらない。進路が気になり「卒業したらどうするんよ?」と聞いた。

 「プロ行きますんで。絶対プロ行きますんで見といてくださいよ」

 頼もしい言葉に、それ以降も大下のことを気にかけるようになっていた。最近聞けば、「そんなこと言いましたっけ?」と、笑いながらとぼけていたが、あの時の目つき、少しムキになったような顔を私はハッキリと覚えている。

 そして私が阪神担当となった昨年のこと。広島、阪神で活躍した町田公二郎監督が率いる三菱重工広島に進んだ大下は、私が取材していた鳴尾浜に姿を見せた。阪神2軍とのプロアマ交流試合に先発したのだ。結果は6回6安打1失点(自責0)。プロを相手に丁寧に低めを突いて、試合を支配した。

 当時の投球を見ていた阪神の高橋2軍投手コーチは「試合を作る能力に長けているイメージだね。制球もいいし、バランスもよかった。真っすぐが140キロちょっとかな。真っすぐがもう2、3キロ速くなれば、もっといい投手になるし、もっとプロに近づけるんじゃないかな」と評価していた。

 それから1年。投げる度に見つかった課題と向き合い努力を続けた。そして勝ち取ったヤクルト2位指名。新たな戦いが始まる。指名会見も行い「取材慣れしてないんで、ガチガチでしたよ」とあどけなさの残る25歳だが、ひとたびマウンドに上がれば一変するに違いない。

 今季最下位と低迷したチームを、押し上げなければならない使命がある。だが、心配御無用。これまで何度も好敵手たちと渡り合ってきた大下なら、十分にやれる。(デイリースポーツ・山本真吾)

関連ニュース

編集者のオススメ記事

オピニオンD最新ニュース

もっとみる

    ランキング

    主要ニュース

    リアルタイムランキング

    写真

    話題の写真ランキング

    注目トピックス