【芸能】オノ・ヨーコさんに感じる不思議な血流…思わぬ場所で出くわす縁
旅の取材をしていると、思わぬ場所で思いもよらない人物の名前と出くわし、ビックリすることがある。つい最近、和歌山県白浜町の「南方熊楠記念館」を訪ねたところ、何とまあ、オノ・ヨーコさんの名前が飛び出して来た。ご存じ、元ビートルズの故ジョン・レノンさんの夫人。世界で最も有名な日本人と言われる女性だ。
同記念館は和歌山県が生んだ博物学の巨星・南方熊楠の業績を顕彰し、文献・標本類・遺稿・遺品等が保存と公開されている。熊楠は1941年に没しており、33年生まれのヨーコさんとは時代的に若干の“接点”があるが、本人同士に深い関係があったということではない。種を明かすと、ヨーコさんの父方の祖父である小野英二郎と熊楠が米国で交流があったのだ。
同館の谷脇館長は自称「熊楠の追っかけ歴55年」という熊楠に超通じているお方。展示コーナーで熊楠の米国時代を解説し「熊楠は小野英二郎を日本の留学生で一番優秀だと言っていたそうです。その孫があのオノ・ヨーコさんですよ」と教えてくれたのだ。
ヨーコさんとジョンの結婚ほど、世界の音楽ファンを騒がせたものはないだろう。ビートルズメンバーと日本人女性の結婚など、欧米では“あってはならぬ”出来事ととらえられていたはずだ。しかし、小野家にはヨーコさんより早く外国人と結婚したおじさんがいた。英二郎の長男・俊一だ。
英二郎は帰国後、日本銀行を経て日本興業銀行総裁も務めた。熊楠の人物評は的を得ていた訳だが、一方の熊楠は英国の科学誌「ネイチャー」に51本の論文が掲載された偉大な学者でありながら、奇行も多く、“天才と紙一重”と言われていた男だ。
谷脇館長によると、「英二郎は息子の俊一がロシアに留学した際に『社会主義に染まるな、外国人をめとるな、熊楠のようになるな』とクギを刺した」そう。その後の俊一はどうなったか。実は英二郎の教えを守らず、ロシア人の女性バイオリニスト(小野アンナ)と結婚してしまう。1910年代後半のロシア革命あたりのことだというから、かなりの“事件”だ。
ヨーコさんは英二郎の三男・英輔の長女で東京生まれ。英輔はピアニストから銀行員に転身したという人物だが、このアンナさんとも親交が深かったという。俊一とヨーコさんには何か不思議な血流を感じてしまう。ジョンと出会う下地は幼いころから整っていたように思えて来る。
ヨーコさんの名前は福岡の有名観光地でも必ず出てくる。生前のジョンと訪れた箱根や軽井沢ではない。英二郎が福岡柳川藩士の息子だったと聞いて「ああ~」と思い出した。柳川名物の川下りをしていた時、船頭さんが「あのむこうに小さく見える屋根の家が小野英二郎、オノ・ヨーコさんのおじいさんの家です」とガイドしてくれ、「なんでここでオノ・ヨーコ?」とビックリしたものだ。
さて、今度は日本のどこで「オノ・ヨーコ」の名前が飛び出すやら。世界で一番有名な日本人へさらに興味が湧いてきた。(デイリースポーツ・木村浩治)
