2人の甲子園V腕が背負った覚悟

 夏の高校野球の地方大会が佳境に入った。今秋ドラフトの目玉である安楽智大投手(済美)をはじめ、甲子園でも実績のある好投手が、相次いで敗退した。特に心に残ったのは、昨年の甲子園を制した2人のV腕、小島(おじま)和哉投手(浦和学院)と高橋光成投手(前橋育英)の姿だ。

 小島は15日の3回戦・県川口戦、高橋光は20日の3回戦・高崎健康福祉大高崎戦。いずれも2戦目で姿を消した。全国の頂点に立った好調時の投球には戻らず、対策を練った相手に攻略された。「自分が助けられなかった。みんなに申し訳ない」、「チームを勝たせられなくて申し訳ない」。2人が口にした言葉、そして涙を浮かべながらも、きちんと取材に答える姿勢も同じだった。

 小島は昨春、高橋光は昨夏、ともに下級生エースとして、チームを日本一に導いた。注目を一身に浴びながら、高校最後の1年間を過ごす。その重圧は大変なものだったと思う。また、両校ともにチーム力は昨年並みにはなく、大黒柱への依存度は大きかった。昨秋県大会は早期敗退。「自分がやらねば」という思いはより強くなっていった。

 「どこに行っても、いろんな人から『頑張って』と言われる。その『頑張って』が、頭の先までいっぱいになっちゃったみたい。『普通の選手に戻りたい』とこぼしたこともあると聞いた」。浦和学院の野球部関係者は、そう明かした。小島は昨秋からの新チームでは主将に就任したが、年明けには部のルールを破り、全体練習参加を許されない時期もあった。苦しみながら、必死に置かれた状況に向き合っていた。

 それは、高橋光も同じだった。昨夏以降、環境は激変。「周りの人からすぐにわかる。(休みの日に)家族で出かけても、ゆっくりできないとかはあります」と話していた。「変な行動はできない。『小さい子の手本になるように』とは心掛けていました」とも。そんな中で、1月のバント練習中にボールを当て、右手親指付け根を骨折。1カ月以上もボールを握れない日々が続いた。集大成の1年で、野球人生で初めての大きなケガという苦難に直面した。

 だが、厳しい現実を糧に変えた。指導者や仲間からの信頼はより大きくなった。小島は3月下旬から主将ではなく“監督代行”に就任。選手の輪から一歩引いた立場で、主将にも厳しい注文を出した。過去にない異例の役割を任せた浦和学院の森士(おさむ)監督は、昨年からの成長について「覚悟が違う」と話した。

 高橋光もたくましさを増した。もともと穏やかでおっとりした性格だった右腕が「さらに上を目指そうとして変わった。ベンチでも自分から声を出すようになったし、自分が上を目指す中で、チームが勝てるには、と考えるようになった」と前橋育英・中沢洋一部長。ケガで練習ができなかった時期に「やっぱり野球が好きだ」という思い、仲間のありがたみを再確認したことは、財産となった。

 また、荒井直樹監督は、17歳にかかる負担を少しでも取り除こうと心を砕いた。病院のベッドにいた高橋光に「ケガはマイナスばかりじゃないぞ」という言葉と、逆境をプラスに変える発想を紹介した脳科学の本を贈った。そして、周囲からの注目を浴びる環境については「プロに行ったらこんなもんじゃないぞ。その時の練習だと思えよ」と、あえて軽い口調で心を解きほぐそうとした。

 『甲子園優勝投手』という重い看板を背負い戦い抜いた1年。だからこそ、また聖地に戻るという夢がやぶれても、指導者や仲間は2人をたたえた。浦和学院の森監督は「小島には、1日でも長い夏にしてもらいたいという思いがあった」と、あえて個人の名を挙げた。前橋育英の工藤陽平主将は「光成が最後まで投げて負けた。悔いはないです。光成がいて試合が始まる感じ。最後までいってくれてよかった」と、昨秋、今春と公式戦でまともな登板がなかったエースに感謝した。

 7月6日、浦和学院と前橋育英は練習試合を行い、小島と高橋光は投げ合った。7回で5失点した高橋光は「ブルペンで小島がいたので、意識してしまって…。あんなにブルペンから力が入ったのは初めて。あれで(スタミナが)持たなくなった」と苦笑した。小島は投球フォームのズレに焦りを口にしながらも、高橋光の話題になると「何て言ってました?」と、パッと表情が明るくなった。意識していたそうだよ、と伝えると「絶対、ウソだ~!」とうれしそうに笑っていた。

 今年初めに取材を通じて仲良くなったという2人は、その時「夏が終わったら、遊びに行こうな」と約束したという。重圧と覚悟を背負った日々から、解放された2人のV腕。大学やプロ、次のステップに向けてまた汗を流す日々が始まるだろうが、今だけはほんの少し、心も体も休めて欲しい。そして、また一回り大きくなった雄姿をマウンドで見る日を、楽しみに待ちたい。

(デイリースポーツ・藤田昌央)

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