【五輪サイドストーリー】高木美帆は意志の強い“コヤジ”だった 日体大恩師が衝撃受けた一言→18歳にして「私は中堅選手ですよね」

笑顔でメダルを掲げる高木美帆=ミラノのジャパンハウス(撮影・吉澤敬太)
 高木を指導してきた青柳徹教授
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 「ミラノ・コルティナ五輪・スピードスケート女子1500メートル」(20日、ミラノ・スピードスケート競技場)

 女子1500メートルで2大会連続銀メダルの高木美帆(31)=TOKIOインカラミ=は1分54秒865で6位にとどまった。高木は夏季を含めた日本女子最多の通算メダル数を10としていたが、自身の最終種目で世界記録を持つ1500メートルでのメダルには届かなかった。2022年北京五輪4位の佐藤綾乃(ANA)は22位。堀川桃香(富士急)は26位。前回銅メダルのアントワネット・ライプマデヨングが初優勝し、オランダ勢が5連覇を達成した。

  ◇  ◇

 高木は、ある意味“卓越”した存在だった。日体大に入学した2013年から高木を指導してきた青柳徹教授は「おやじじゃなくて“コヤジ”と冗談であだ名をつけた。ちっちぇえおやじみたいだった」と入学当初を語った。

 青柳氏が初めて高木に会ったのは、兄・大輔さんが日体大に入学する前に行った面談だった。高木は当時中学2年生。「あぁ。この子が高木美帆か。なるほど」と指導者としての目は光った。「仕事柄、いろんな若者を見ている。その人を観察し、見抜くというのは一応訓練されている。意志の強さがあった」と振り返った。

 その半面「ちょっと『えっ』と思ったことがある」とも言う。それは、後に“コヤジ”の由来ともなる18歳の高木が発した「私は中堅選手ですよね」という言葉だった。中学3年生で既に五輪を経験していた高木は、年齢の割に妙に大人びた考えを持っていた。青柳氏は「もっと上を目指していきたいところ。もう一段階レベルアップさせるためにはどうするかという段階で、何を言っているんだと」と衝撃を受けた。

 大学まで順風満帆に過ごしてきた競技人生だった中、高木は自らのやり方を変えたがらなかったという。「ここを変えたら絶対に良くなる」と伝えても、高木はそれまでうまくいっていた方法を変えたがらなかった。そして、その考えが変わる前に14年ソチ五輪のシーズンがやってきた。

 高木は出場権を逃した。「僕としては最悪の出来事」と振り返るが、一方で今の高木にとって、それは大きな転機ともなった。「挫折と言われたが、通過点だった」。その後、ナショナルチームが結成されるなどの改革も行われ、北京五輪では金を含む4つのメダルを獲得。「何十回も、何百回も失敗作があった上で、諦めないでつくり続けたものが出来上がる」と語った。

 「僕の立ち位置は、美帆のことを一番心配している親戚のおやじ。余計なことは言いたくない。求めているなら連絡が来る」とそっと見守ってきた13年。“親戚のおやじ”と“コヤジ”の関係は、これからも続いていく。(デイリースポーツ・南香穂)

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