15位の勢藤優花は涙 五輪会場入り後に体調不良「ジャンプ台に来ると具合が悪くなる毎日だった」周囲の支えに感謝「今日はお腹も痛くならず飛べた」
「ミラノ・コルティナ五輪・ノルディックスキー・ジャンプ女子個人ノーマルヒル・決勝」(15日、プレダッツォ・ジャンプ競技場)
3大会連続出場の勢藤優花(28)=オカモトグループ=が五輪で初採用されたラージヒルに出場し、15位に終わった。
1回目は上位ランキング勢が追い風に苦しむ展開。115・5メートルで14位につけ、2回目は118・5メートルで順位をひとつ落とした。
今大会の出場2種目が終了し、「すごく苦しい試合ではあったんですが、最低限のことはまとめてできたのかなと思います」と振り返ると、一気に涙があふれた。
「風というより、この会場に入った2日目くらいから、自分で自分のことを苦しめている日が続いて。ジャンプ台に来ると具合が悪くなるというのがすごく続いていた毎日だった。それでもたくさんの方達が支えてくれたおかげで、今日はお腹も痛くならず、自分のジャンプに向き合える環境で飛ぶことができた。たくさんの人に支えられたオリンピックだったと思います」と感謝した。
高梨沙羅とは幼なじみ。W杯個人では自己最高4位と表彰台の経験はなかった。北京五輪後は引退して夢の看護師を目指すことを考えたが、「目標に掲げている五輪メダル獲得とW杯優勝を1つも達成できないまま終えるのは、中途半端になってしまう」と現役続行を決意。「4年前の五輪は諦めかけてジャンプを辞めようと思っていた。こうして4年間ジャンプする環境をつくってくれた全ての皆さまに感謝して、最大のパフォーマンスができるように」と感慨を込めていた。
その4年を終え、「いいことも悪いこともあった4年間でした。オリンピックを経験して準備することの大切さを学んで、このオリンピックの場に立たなければ感じられなかったこともたくさんあるので。オリンピックでいい成績を残せなかったんですが、また次の人生、次のジャンプを終えた人生につながる経験ができたかと思います」と最後は笑みを浮かべた。
◆勢藤優花(せとう・ゆうか)1997年2月22日、北海道上川町出身。高梨沙羅とは同郷で同学年。16年全日本選手権では高梨を抑えて初優勝した。五輪は18年平昌で17位、22年北京は14位。W杯最高順位は5位。オカモトグループ所属。168センチ。
