平野流佳は泣き崩れて20分動けず 悲願のメダルまで1点届かず4位 ショック大きく 村上コーチ代弁「ジャッジは流佳につけてもおかしくなかった」
「ミラノ・コルティナ五輪・スノーボード男子ハーフパイプ・決勝」(13日、リヴィーニョ・スノーパーク)
2大会連続出場の平野流佳(23)=INPEX=は1点差の4位でメダルに届かず。ショックを隠せず試合後は泣き崩れ、約20分動けなかった。仲間やコーチに支えられ、報道陣に「ありがとうございました」と一言だけ残して会場を後にした。
自信はあった。決勝の1回目、スイッチバックサイドダブルコーク1440など高難度の技を成功。3位につける90・00の高得点をたたき出した。4位で迎えた3回目も滑り終えて「オッシャー!」と雄たけびを連発させる完璧な滑走。だが、91・00と思ったほど伸びず、首をひねった。結果的に、92・00の3位・山田琉聖(19)=専門学校JWSC=に1点届かなかった。
予選では2回目にダブルコーク1440を2度成功させ、87・50点をマークし5位通過。「決勝はもっとすごいことになる。まだ余力を残しているのでレベルを上げた滑りをしたい」と見据えていた。
22年北京五輪では、予選3位通過ながら、決勝で20センチ高くなったパイプに対応できず、試技3回全てで転倒してしまい12位。「何もできなかった」と不完全燃焼に終わっていた。
それだけにリベンジに期す思いは強かった。前回大会からの4年間では、完走することを目標に1本目から決めきるトレーニングを重ね、W杯3季連続総合優勝など進化。自信を持って臨んだ2度目の大舞台だった。
取材対応できなかった本人に代わり、村上コーチは「本当に自分の全てを出し切った。今までやってない滑りをやって、自分の順位に納得できないっていうところで、慰めたんですが」と言及。続けて、「メダルに入っててもおかしくなかったし、流佳のマックスの滑りを出したところ。本当にメダルを取らせてやりたかった。普通の大会であれば金メダルの滑りだったけど、優斗、スコッティ、琉聖の滑りと比べた時に難しいと思う。ジャッジは流佳につけてもおかしくなかったが、難しいところ。若干、高さの部分があったのかな…」と語った。
◆平野流佳(ひらの・るか)2002年3月12日、大阪市出身。両親の影響でスノーボードを始め、19年世界ジュニア選手権ハーフパイプを制し、20年のユース五輪も優勝した。22年北京五輪は予選3位通過で決勝12位。22~23年シーズンからワールドカップ種目別で3連覇中。太成学院大卒。166センチ、67キロ。
