平野歩夢は7位 最後は本音「生きててよかった」連覇ならずも五輪に刻んだ王者の誇り「生きるか死ぬかの覚悟で」骨折抱えながら実戦初投入4回転半成功 負傷原因の大技で転倒も「出し切れた」
「ミラノ・コルティナ五輪・スノーボード男子ハーフパイプ・決勝」(13日、リヴィーニョ・スノーパーク)
4大会連続出場で22年北京五輪金メダリストの平野歩夢(27)=TOKIOインカラミ=は86・50点で7位に終わり、4大会連続のメダル、冬季五輪では日本勢2人目、フィギュアスケートの羽生結弦さん以来となる2大会連続金メダルはならなかった。それでも大会直前の骨盤など複数カ所の骨折から27日、驚異的な回復力と執念で王者の誇りを刻みつけた。
誰もが目を疑ったパフォーマンスだった。1回目は転倒で終わった後、迎えた2回目の試技。1本目のエアでスイッチバックダブルコーク1260を決めると、続いてキャブダブルコーク1440も成功。続いて試合初出しで1回目で失敗していたフロントサイドダブルコーク1620を成功。さらにダブルコーク1260、最後にフロントサイドトリプルコーク1440で締めくくった。骨折を抱えているとは思えない会心の演技。しかし、得点は伸びきらず、86・50点。会場からはため息が漏れ、平野歩も顔をしかめた。
そして3回目も攻めた。4本目に骨折の原因となったダブルコーク1260クリップラージャパングラブを敢行。着地しきれず転倒となったが、最後まで攻めの姿勢を崩さず。表情を変えず、ボードを掲げて歓声に応えた。
試合後は「本当に生きるか、死ぬかそういう覚悟をもって挑んだつもり。最後決めきれなくて、納得した結果には繋がらなかったですけど、今自分ができることは出し切れたのかな」と晴れ晴れとした表情で振り返った。そして「生きててよかったなっていう。ここで初めてやるトリックも出して最後挑んでいたので、無事に怪我なくこうやって体が無事に戻ってきて、それは自分の中ですごいホッとしてる部分がある」と、安どの笑顔を浮かべた。
平野歩は五輪前最後の実戦だった1月17日のW杯(スイス)で約7メートルの高さから落下。板が折れるほど激しく転倒し、顔付近や下半身を強打した。鼻と口付近からは大流血。五輪開幕まで1カ月を切ったタイミングで骨盤の右腸骨などを2カ所骨折する悲劇に襲われ、出場が懸念された。
だが、前回王者は諦めずイタリアでの雪上復帰にこぎつけた。予選は85・50点の7位で決勝進出。予選突破後は「この場に立てたことなんか、すごく奇跡的なこと。自分でもビックリしてるところはある。すごくギリギリな状態だったが、自分の中からケガ、声援、かき消すようにそういう集中をして臨んだ」と笑顔も交えながら振り返り、「悔いなくやるべきことをやるだけ。温かく見守っていただければ」と、連覇がかかる決勝を見据えていた。
◆平野歩夢(ひらの・あゆむ)1998年11月29日、新潟県出身。15歳で初出場した14年ソチ五輪では、冬季五輪日本選手で最年少表彰台となる銀メダルを獲得した。18年平昌五輪も2位。22年北京五輪では、同種目日本勢初の金メダルを獲得した。21年東京五輪にはスケートボード・パークで出場。24年3月に結婚を発表し、25年12月に第1子誕生を明かした。新潟・開志国際高、日大出。165センチ。
