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淡路恵子さん死去 直腸がんだった

運び込まれる淡路恵子さんの遺体=東京・南池袋の仙行寺(撮影・田村亮介)
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 女優・淡路恵子さんが11日夕、都内の病院で亡くなった。80歳だった。淡路さんは昨年7月に直腸がんと食道がんが判明した。同日夜、遺体が安置された豊島区の仙行寺で会見した所属事務所社長によると、直腸がんは摘出手術を、腫瘍の小さかった食道がんは投薬で治療。直腸がんの手術は成功し、一時は回復したかに思われたが、徐々に体力が低下していったという。淡路さんは手術直後、体重が32キロまで落ち、激やせしたことが伝えられていた。

 小林香代子社長によると、淡路さんは6月21日の検査で2カ所のがんが発覚。7月1日に直腸がんの摘出手術を受けた。食道がんは投薬で治療した。

 一時は、小林社長が持参した好物のステーキや焼き鳥などを食べるほどに回復。ベッドの上で、大好きなDS「ドラクエ」をしたり、遺作となった「四十九日のレシピ」(昨年11月公開)のDVDを見るなどしていたという。しかし、9月以降はほとんど通常の食事が摂れなくなり、体力が低下していったという。

 1人暮らしで熱中症や合併症などの危険もあることから、退院はせず入院していたが、淡路さんは退院し、復帰することに前向きで、病床で「早く(病院を)出たいわ」などと話していたという。

 9日に病室で淡路さんと対面した小林社長は、容体急変に驚きを隠せなかった。

 昨夏、淡路さんが入院した際、事務所は「がんではなく、腸に良性の腫瘍が見つかったため」などと説明していた。小林社長によると、淡路さんは病院嫌いで、四男出産後、約40年間、病院に行っていなかったという。

 淡路さんは、1953年にフィリピン人歌手ビンボー・ダナオと結婚。長男で俳優の島英津夫と次男をもうけたが、65年に離婚。翌年の66年には俳優の萬屋錦之介さんと再婚し、三男と四男を出産した。

 しかし90年には三男がバイク事故で急逝。97年には元夫の萬屋さんが亡くなり、10年には四男が首つり自殺した。浪費癖のあった四男は、04年に淡路の自宅に窃盗に入り、住居侵入罪で逮捕され、実刑判決を受けた。

 波瀾万丈の人生を送った淡路さんは、2012年11月に、09年に知人から借りた100万円をめぐり裁判を起こされ、「利子を含めた残金を払え」との命令が下っていた。

 淡路さんは、高校を中退し、1948年に松竹歌劇団(SKD)入り。人気ダンサーとなるが、49年、黒沢明監督の映画「野良犬」に出演したことをきっかけに、芸能界入り。以後、「駅前シリーズ」「社長シリーズ」など喜劇映画で活躍した。

 結婚後は芸能界を引退していたが、萬屋錦之介さんと離婚後の87年に、「男はつらいよ・知床慕情」で映画に復帰。晩年は、波乱万丈の人生経験に裏打ちされた辛口トークで“芸能界のご意見番”としてテレビのバラエティー番組にも数多く出演した。

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