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元中日・大豊泰昭氏死去

死去した大豊泰昭さん
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 中日は19日、台湾出身で元所属選手の大豊泰昭(たいほう・やすあき)氏が18日午後10時41分、急性骨髄性白血病のため名古屋市内の病院で死去したと発表した。51歳だった。喪主は妻・大豊百合子(たいほう・ゆりこ)さん。故人の遺志により、通夜、告別式は近親者のみの密葬で行うという。

 大豊氏は台湾・南投県出身で、本名陳大豊(ちん・たいほう)。現役時代は左投げ左打ちの内外野手。華興高から名商大、中日球団職員を経て、88年度ドラフト2位で中日に入団した。89年4月9日・大洋戦(ナゴヤ)でプロ初出場初先発(5番・左翼)。98年に矢野輝弘(名前は当時)とともに関川浩一・久慈照嘉との交換トレードで阪神に移籍。2001年中日復帰後、02年に現役を引退した。中日時代の94年に本塁打王、打点王の2冠に輝き、ベストナインにも選ばれた。99年の26試合連続安打は阪神歴代3位。

 引退後は中日のアジア担当地区スカウト兼少年野球指導担当を経て、04年10月、名古屋市内に中華料理店「大豊飯店」を開業。11年3月に「大豊飯店」を閉店し、同年5月に岐阜県海津市に軽食の「大豊ちゃん」をオープンした。店の経営のかたわら、地元テレビやラジオへのゲスト出演、東海地方を中心に各地で野球教室、講演活動を行っていた。現在の肩書きは「中日球団台湾地域情報提供員」だった。

 09年3月に急性骨髄性白血病を患い入院。闘病生活の末、同年8月に退院したが、昨年9月には自身のブログに「お客様 みなさまへ」のタイトルで直筆のメッセージを掲載。「昨年、白血病が再々発して以降、私の身体の中がGVHDという状態となり、急速に体力低下、歩行困難などの症状に悩まされ、満足いく仕事をすることができなくなりました。悩んだ末、10月末日をもって大豊は白血病の治療と療養に専念させていただくことに致しました」などと伝え、白血病の治療に専念していた。

 大豊氏はそのメッセージで「大豊泰昭はこの病気を克服し、またみなさまに再会できるよう強い意志で病気と闘います。その時は、1番の笑顔で店に立ち、夢の続きをみなさまと一緒に見たいと思います。 大豊の運勢と生命力をかけて、必ず復活します。また、逢いましょう。 平成26年9月8日 野球人 大豊泰昭」と、病に立ち向かう強い決意をしたためていた。

 ◆急性骨髄性白血病(きゅうせいこつずいせいはっけつびょう)「血液のがん」とも言われる白血病の一種。骨髄系の造血細胞が腫瘍化し、分化・成熟能を失う疾患。白血病細胞が増殖して骨髄を占拠してしまうために正常な造血が行えなくなり、赤血球、白血球、血小板が減少して出血、易感染症、貧血などの諸症状を起こす。また、末梢(まっしょう)血にあふれ出た白血病細胞が各臓器に浸潤し、各臓器の組織を破壊することでさまざまな症状を引き起こす。

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