助っ人選手に「以心伝心」は通じない

 日本の野球にとけ込むのに、「自分で覚えろ」では、少し乱暴すぎる。そのために会話がある。

 こちらの意図をキチンと相手に伝える作業が、日本人は実にヘタである。

 日本選手なら先輩を見習うとか、その場の雰囲気をすぐ察知できるかもしれないが、契約社会の中で育ったアメリカの選手はそうはいかない。

 はっきりした言葉のやりとりによって、相互の関係が保たれる。1986(昭和61)年、ポンセといっしょに入団したダグ・ローマンという選手がいた。

 ミルウォーキー・ブリュワーズに在籍したマジメな男だった。大洋はその時、あまりいい状態ではなかった。

 新潟での広島戦。このローマンが金石投手からホームランを打ち、これでこのゲームはいただきと思った。

 ところが、この金石に手痛い逆転のホームランを打たれて負けてしまった。見ていた球団幹部が「きょうは外出禁止だ」と言い出し、監督が選手に言い渡した。

 こんな時、日本の選手は“バカげたことを”と思いながらも諦めるが、ローマンは怒った。

 「ウシゴメ、なぜ、ハイスクールみたいなことをやるのか。こんなバカバカしいことはない。これは共産主義国家じゃないか」

 当時の共産主義国家には、人権無視の国家権力のイメージがあった。たぶん、ローマンはそんな印象を受けたのだろうが、共産主義まで持ち出されるとは思わなかった。

 「まあ、そんなに怒るな。お前の気持ちはよくわかる。しかし、日本ではこうしたペナルティーを持ち出す幹部もいる。

 私は「監督が決めたことではないと思うが、ここは辛抱してくれ」となだめた。

 似たようなことだが、試合後、夕食を一緒に取ろうと約束したものの、試合に負けてこの時も外出禁止になった。

 日本のプロ野球は、外出禁止が好きだ。一緒の夕食はパーになった。彼らにしてみれば納得できない。

 約束は試合の前に成立している。その約束を守らないのはなぜなのか、というわけだ。

 「負けたら、次の試合に勝つことを考えたらいいではないか」というのが、彼らの考え方だ。

 私も同じ考えだった。しかし、なかば習慣化しているこのペナルティーに、私1人、逆らえなかった。

 チームが決めたことだ。オレの知ったことか」と突き放せば、相手は不愉快な気分になるだろう。

 翌日のゲームに、それがバネになるなど、まずあり得ない。グラウンド外で私たち通訳が仕事外でどんな苦労をしているか。他人にはわかるまい。

 むろん、仕事だから、つらくてもキチッとやるのが私たちの義務だが、たまには、「なんでこんなバカバカしい苦労まで背負わされなければならないんだ」とベッドに入った時、思わず涙が出そうになったこともあった。

 高い金を払ってアメリカから連れてきたからには、彼らに日本選手以上の活躍を期待するのは当然だ。

 それはいい。しかし、彼らもまた、生身の人間だということを、使う側はまず念頭に置いておかなければならない。

 かつて長嶋、王両選手が巨人V9の中心選手として働いたころ、この2人にまつわるいろいろな話を聞いた。

 感心するより驚嘆した。アメリカでも一流の大リーガーは、人間的にも完成度が高いと言われる。

 技術的には一流であっても、人間的な欠点が目につくようでは、まず尊敬する選手とはファンは思わない。

 王、長嶋両選手はあれだけの活躍をしながら人間的にもすばらしく、多くのファンに愛され、いまだに尊敬されている。

 日本にONみたいな選手がめったに現れないように、大リーグでもそういう選手がゾロゾロいるわけではないのだ。

 彼らをフルに働かせるには、日本選手を扱うのと同じように、性格を知り、調子の波を把握したうえで、“いい気持ちでプレーができる”環境を作ることだろう。

 “いい気分”とは、なにも甘やかしたり、お世辞を言ったりすることではない。「九つほめて、一つ叱るのがベスト」という。

 だれにでも当てはまるどうかは状況にもよるが、九つほめることで、一つ叱る方が実によく利くのだと思う。

 自尊心を立てることで自律心を刺激するというやり方である。

 この逆があってもいいのだが、日本のコーチは熱心なあまり、注意したり叱ったりする方が多いという印象がある。

 私の狭い見聞で言っているのでなく、かつては一流選手として活躍訳したOB、あるいはベテランのマスコミ関係者に聞いた話である。

 大リーグのコーチたちは、「私たちはアドバイザーである。従って、そのアドバイスが適切であるために、選手のあらゆる面の観察が前提になる」と話している。

 日本の場合は教えすぎて選手を迷路に追い込むか、自立心を忘れさせるかで、逆につぶしてしまうことがよくある。

 熱意と選手への愛情という点で、日本のコーチはアメリカ人にはない良さがあると私は思うが、その一方で「相手を知る」という点で、やや不足している部分もあると思う。

 いくら実力の世界とはいえ、外国人選手を雇った以上は、できる限り彼らの習慣、価値観といったものを理解してやるのが得策なのだ。

(デイリースポーツMLB解説委員・牛込惟浩)

  ◇  ◇

 牛込惟浩(うしごめ・ただひろ)1936年5月26日生まれ、78歳。東京都出身。早稲田大学を経て64年、大洋ホエールズに入団。渉外担当としてボイヤー、シピン、ポンセ、ローズなど日本球界で大活躍した助っ人たちを次々と獲得し、その確かな眼力でメジャー球界から「タッド」の愛称で親しまれた。2000年に横浜ベイスターズを退団。現在はデイリースポーツMLB解説委員。

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