気鋭の監督・横浜聡子、初めて描く家族愛は「母親にも伝わってました」

『ジューマン+雨』『ウルトラミラクルラブストーリー』など、新進気鋭の評判を一身に集めてきた横浜聡子。実に6年ぶりとなる長編は、生まれ故郷・青森を舞台に2つの「家族」を描いた『いとみち』だ。メイド喫茶で働く主人公・いとと血の繋がった家族とメイド喫茶での擬似的な家族の2つをテーマに、初めて「家族」の形を描く横浜監督といと役の女優・駒井蓮に話を訊いた。

取材・文/ミルクマン斉藤

横浜監督「『何も判らない幼虫』の方が自由で好き」──まず、『いとみち』の『第16回大阪アジアン映画祭』グランプリ受賞おめでとうございます。

横浜:ありがとうございます。びっくりしました。

──僕は今年も(アジアン映画祭の)ほぼ全作品観ましたけど、とりわけコンペディション部門の密度は尋常じゃなくて。日本映画の受賞は初でしたから。でも『いとみち』って発表になったら「あぁ、そかそか当然ね」って、みんな納得するという。横浜さんの故郷・青森で津軽弁で描いた作品って『ウルトラミラクルラブストーリー』はじめ、4本くらい短編含めてあるじゃないですか。けれども、僕は今回がいちばんアヴァンギャルドだと思ったんですよ(笑)。

横浜:確かに。

──すっごく難度が高いというか。僕は最初に『アジアン映画祭』で観たから英語字幕が出ていて、ついそっちを読んでしまうっていう(笑)。

横浜:あ~、そうですよね~(笑)。

──で、今回英語字幕のないバージョンを拝見すると、確かに全然分かんないところはけっこうある(笑)。でも話を理解するのには全然支障がないし、おばあちゃんのギャグとかも分かるし。お父さん役の豊川悦司さんみたいに、東京出身だからいまだ100%は理解できないけど暮らしてられる、って感じが実感できますね。

横浜:おばあちゃんの使う津軽弁はすごく難しいっていう。

──まぁ、iRobotのところなんか爆笑ですけど。

駒井:あれ良いですよね~。

──横浜監督も青森出身とのことですが、撮影現場ではお2人で喋ってると津軽弁になったり?

横浜:なります。ずっと津軽弁でした。東京の打合せの時から(笑)。『ウルトラミラクルラブストーリー』(横浜監督の過去作・2009年)のときもそうでしたね。松山ケンイチさんも訛ってるし。青森に行くとそっちの言葉になっちゃいますね。

──『ウルトラミラクルラブストーリー』然り、横浜さんの映画は「不機嫌なヒロイン」の映画が多いんですよね。『いとみち』もその系譜に連なると思うんですよ。

横浜:同じです。サナギから脱皮したいんだけど、脱皮したところでどこに行けばいいか判らない。何も分からない幼虫の方が自由で好きですね。

──そこでもがいて、ちょっとサナギの皮から顔を出してみたのがメイドカフェっていうのがいいですよね。でもバイト先の話が進むにつれ、これは2つの家族の話なんだってことが明確になってくる。ひとつはもちろん、お母さんが欠落してしまった血族の家族。もうひとつはメイドカフェの店員による疑似家族。それにしても横浜さんが映画でここまで家族を扱うって珍しいですよね。

横浜:あまりというか、ほぼないですね。あるんですけど誰か1人欠けていることがほとんどです。

横浜監督「『いと』という姿を借りてやらせてもらう」──越谷オサムさんの原作はもちろんあるわけだけど、あえて今、家族に取り組もうとされた動機みたいなものはありますか?

横浜:家族って分からないんですよ。苦手なんですよね、描くのが。やったことないので、ある意味私にとっては真面目にやらなければいけないものなのかなと。原作のように家族のメンバーと心の内側がぶつかり合うというか、そうしたものから逃げてきたので、「いと」という姿を借りてやらせてもらおうかなという感じでしたかね。

──うん、僕も家族ってものを全肯定するのはとても恥ずかしい(笑)。

横浜:そう、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいですけどね。(いとと父が)喧嘩するシーンとかも、この映画のなかでここまでの台詞は言わせなければならないけど、これ以上は無理だ、という線引きが自分のなかでどこかあって。

駒井:私も分かります。私も親とは全ては解り合えないと思っているので。親とか家族への愛はもちろんあるんですけど、他人だぞと思ってるところがあって。家族という血の繋がりはあるけど、自分の考えていることがイコールで伝わることはたぶんないかなと。だから、いとの喧嘩シーンを演じてたときも、言葉では表現できないものがあるっていうのをすごく感じた撮影でした。

──お父さんは「お前、言葉使うの苦手だから」と常に言ってるみたいなんだけど、あそこは言葉で言い返すとかね。

駒井:楽しかったです(笑)。勝手に怒ってるんですよ、私。

──でもあの父娘、仲良いよね。

駒井:メチャクチャ仲良いです。けど、何だろう・・・、この人が好きだからって気持ちだけで、全部が解り合えるとは限らないじゃないですか。私もお父さんもお母さん大好きだけど、その人の全部は解らないし、反論することはいっぱいあるし。それって好きだからでは消せない反応だと思っているので。だから結構ぶつかったんですけど。

横浜:ぶつかるだけすごいよね。それを言う勇気も私にはないし。すみません(笑)。

──そういうところが活きてるわけだ、あのシーンに。でも、父娘がぶつかって、お父さんも一緒に家出する、っていうのが可笑しいんですよね。

駒井:似てるからこそぶつかり合うっていう。

──そもそも横浜監督の作品は、初期の『ジャーマン+雨』とか『ウルトラミラクルラブストーリー』とか、バキバキに尖ったコメディの印象が強いんですよね。でも今回、「そうじゃない」横浜映画の、今のところの代表作になったことは間違いないと思うんです。

横浜:「尖ってないバージョン」の(笑)。ありがとうございます。母親が見に来てくれて、今までの自分の映画には首をかしげてたんですけど、「聡子、やっと今回のは判ったよ、良かったよ」って。なんか伝わってました。

横浜監督「いついとに笑ってもらおうかずっと悩んでいた」──その一方で、メイドカフェのファミリーにも、それぞれの役割が明確に振られてて、アンサンブルキャストとしてとても面白い。リーダー格、というか教育係の黒川芽以さんは東京の方ですよね?

横浜:はい、そうですね。いちばん方言指導が大変だったと思います。なかなかあんな風に喋れるようになる役者さんはいないですけど。絶対音感みたいなのをお持ちで、音符にして津軽弁を覚えたって仰っていました。青森の観客さんも違和感がぜんぜんなかったと。

シナリオは結構前に出来ていたので、どなたにやってもらうかをずっと考えていていたときに、『ひとりキャンプで食って寝る』ってドラマでご一緒してまして。まだ若いんですけど、何十年も生きてるみたいに人生経験が豊かで、背景が見える不思議な女優さんだなと思って。

──あ、そうでしたね。ゲスト回を監督が演出してられた。

横浜:今回の役もいろんな傷を負った女性だったし、姉御肌っていうのもあって黒川さんにお願いしたんです。店長の中島歩さんは、こっちが想像するのとは全く違うペースというか時間の作り方をいつも現場に持ち込まれる人で、あのリズム感がメイドカフェにあったらちょっと面白いなと思ってお願いしました。

駒井:それぞれいろんな刺激をくださるんですよ。すっごい楽しかったです。それぞれのマイペースさが混ざり合って面白い場所だなと思いました。

──そんなマイペースで独自のリズムで生きてる面々が、みんなで海に行くシーンで、より結束が固まる。それぞれの事情をそれぞれが理解するという、良いシーンになってますよね。

駒井:本当に撮影の節々を思い出すだけで、ブワッと来ますもん(笑)。みなさん本当に素敵だったので。

横浜:撮影初日がメイドカフェだったんですけれども、みんな仲が良いというか、なんか輪が出来てたね。

──もう1人、いとの親友役としてりんご娘のジョナゴールドちゃんが出てきますけれども、彼女の家で一夜を過ごすシーンもこの映画のキーになってます。

横浜:撮影最終日でしたね。ジョナゴールドさんって、お芝居そんなに沢山経験があるわけじゃなくって。でもあの映画のなかで1番台詞がある長いシーンで。どう来るかなってちょっと未知数なところがあったんですけれども、でもあそこの2人の芝居が良ければ、あとは何も要らないというか。それぐらいの意気込みだったので、オーソドックスにリハーサルを何回もやって固まったところを撮ったんですけどね。

──撮り方はシンプルだけど、あの2人だけが喋っていくうち、いとが三味線の楽しさとか喜びを再認識するシーンだと思うんですよ。いとが素になってはしゃいで、フッと抜けて、初めて彼女が本当の笑顔を見せる。

横浜:いついとに笑ってもらおうかずっと悩んでたんです。笑うときもあるんだけど、ちょっと違う種類の笑いで。リハーサルで(駒井)蓮さんもすごい笑顔見せたから、「わ! これで大丈夫だ」と思って。青春といえば「恋」だと私は思うんですけど、この映画にはそれが一切ないので。同性だけれども、お互いが片思いしてる関係、憧れてるんだけど思いがなかなか届かない、そういう微妙なニュアンスの2人に見えたら良いなと思いました。

──電車での口パク「へばね(津軽弁で『またね』の意味)」のガール・ミーツ・ガールから始まって、イヤホンで彼女から聴かせてもらった「人間椅子」のフレーズを三味線で弾いてみる。シスターフッドにとても近い感じがありますよね。あと、いとが無為な時間を過ごす図書館のシーンで、なんと読んでるのが永山則夫(編集部注:元死刑囚で小説家)という(笑)。

横浜:森の板柳にある図書館を撮影したんですけど、そこの本棚には永山則夫の本がずらっとコーナーになっていて。1人でロケハン行ったときにそれを見て「やっぱり板柳は永山則夫なんだ」と思って、いとにも読ませました(板柳は永山の母の故郷。幼少期をそこで過ごした)。

──『なぜか、海』って書名がちらっ、と。

横浜:細かいところまでご覧になっていただいてますね(笑)。あんまり目が行かないところなので、気付く人だけ気付けばいいかなという感じでした。うれしいです、ありがとうございます(笑)。

(Lmaga.jp)

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