【競輪】パールカップ直後に日野未来が電撃引退 期末には強制引退の場面に遭遇
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6月の競輪では目の前で多くのラストランを見た。驚いたのはG1・パールカップ(17~19日・岸和田)を終えたばかりの日野未来(32)=奈良・114期・L1=が、20日に引退を発表したこと。記者はG1・高松宮記念杯の取材を終えて、記者室に戻ると1枚の文書を関係者から手渡された。それは日野が引退について記したもの。デビュー前から何度も取材して、デビュー戦の奈良も取材に出向いたし、その後も何度もデイリースポーツの紙面を飾った日野が、まさか引退するとは…。後頭部をいきなり殴られたくらいの衝撃が走った。
翌21日、岸和田競輪でトークショーに出演した日野と、少しだけ会話ができた。「次はボート場で会いましょうね」と言った笑顔の日野は、女神のように思えた。タレントから転身して、またタレントに戻るとのこと。彼女の今後にはかなり期待している。
その後、記者は防府へ。23~25日に行われたF2・デイリースポーツ杯争奪戦の取材に出向いた。チャレンジステージとガールズケイリンの2層制。野村賢(山口)、大浦彩瑛(神奈川)が優勝して幕を閉じたが、この開催でのラストランが4人も。男子の競輪選手はA級3班で3期平均の競走得点下位30人が代謝(強制引退)となる(女子は同3人)。25日は2Rで青山佐知男(千葉)、椿佳友(北海道)、安藤雄一(福岡)、3Rで平川慎太郎(佐賀)がラストランだった。4人とも白星で終えることはできなかったが、選手仲間から拍手で出迎えられ、花束などが贈呈された。平川は2014年7月デビューの105期生で、まだ34歳。これからの人生はまだまだ長い。関係者たちを前に「代謝ですが、最後まで走り切れました。今後は未定ですけど、家族がいるので、しっかりやっていきたいです」と語った。妻は現役の三宅愛梨(岡山)。妻を後方から支援しつつ、今後も言葉通りにしっかりと頑張りそうだ。
どの競技、スポーツでもそうだが、プロは入ってくる人がいれば、その数だけ押し出される人がいる。ラストランや引退の報を目や耳にするたび、記者は寂しさを感じてしまうが…。
記者は競輪、ボートともに担当しているので、各期末はそれぞれの競技で勝負駆けが繰り広げられる。ボートでは級別、競輪では級班別が違えば、収入などで格差が出てくるので、選手たちは最後の最後まで必死で戦う。そこで、競輪とボートの違いを最後にまとめておく。競輪は前期が1~6月、後期が7~12月が審査期間で、成績が反映されるのは半年後。期またぎの開催がややこしく、6月30日に開催中の久留米G3、岸和田F1などは前期に入り、川崎F1、防府F2などは後期に。だから、久留米や岸和田は前期の級班、川崎や防府は後期の級班で戦っている。補充などで途中から参加する選手もそれに準じている。
ボートは5~10月、11月~翌年4月が審査期間。期またぎの開催でも、審査期間は10月末、4月末で打ち切られる。成績が反映されるのは2カ月後で1~6月、7~12月に適用される。適用勝率の扱いは競輪と違う。開催が期またぎの場合(例=6月30日初日で7月5日最終日)は前期の級別が最終日まで適応される。公営競技マニアは既に知っているだろうが…。(関西競輪、ボート担当・森田新吾)



