ジョッキー福永祐一の誕生秘話 サッカー少年が運命に導かれて競馬の道へ【福永祐一連載①】

初勝利に満面の笑みを見せる福永=1996年3月2日・中京競馬場
“花の12期生”の入学式(福永は後列左から2人目)=93年4月4日・JRA競馬学校
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 3月から調教師に転身する福永祐一騎手(46)=栗東・フリー。現役ラスト騎乗が刻一刻と迫るなか、時代を彩った名馬やレースとともに、希代のスター騎手となった彼のヒストリーを全8回の連載で振り返る。

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 はた目から見れば、眼前にそびえ立つ山はとてつもなく高い。しかも危険を伴う命懸けの仕事-。少年時代、サッカーに打ち込んでいた福永は、まるで運命に導かれるように、中学校へ上がると騎手という職業に憧れを抱いた。

 父は“天才”と称されながらも、レース中の落馬事故で引退を余儀なくされた福永洋一元騎手。心配する母の猛反対を説得し、競馬学校への受験を決意した。実技試験前に骨折したことが響いて入学はかなわなかったものの、翌年、高校に通いながら再受験。見事合格を果たし、騎手への第一歩を踏み出した。

 同期にはJRA初の女性騎手・細江純子、牧原由貴子や、JRA初の双子騎手・柴田大知・柴田未崎、のちにテイエムオペラオーとのコンビで競馬界を席巻する和田竜二らがおり、話題性の多さから「花の12期生」と呼ばれた。その中でも、“天才・福永洋一”の息子である祐一の注目度は別格だった。

 1996年。栗東・北橋修二厩舎に所属し、3月2日に中京競馬場でデビュー。早速、2Rをマルブツブレベストで初騎乗初勝利を挙げると、続く3Rもレイベストメントで勝利。史上2人目となるデビュー2連勝を飾った。11月には、87年武豊以来となる新人騎手での50勝に到達。初年度は53勝を挙げ、JRA勝最多勝利新人騎手を獲得した。

 師匠の北橋と父・洋一は騎手時代、先輩後輩という間柄。厳しくも温かく、師匠は弟子の成長を見守った。デビュー週に挙げた3勝は全て北橋の管理馬。祐一が感謝を口にする。「いいスタートを切れるような環境をつくっていただいた。勝てる馬をあえて使わず、取っておいてくれた」。初年度に挙げた53勝のうち、14勝が自厩舎の馬での勝利だった。師匠の惜しみないバックアップを受け、天才2世は最高の騎手人生をスタートさせた。※敬称略

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