大河ドラマ「豊臣兄弟!」軍師・黒田官兵衛を「口説いた」秀吉の書状とは 識者語る
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第21回は「風雲!竹田城」。羽柴秀吉の「軍師」として有名な小寺(黒田)官兵衛が登場してきました。官兵衛を演じるのは倉悠貴さんです。官兵衛は2014年の大河ドラマ「軍師官兵衛」(主演・岡田准一さん)で主役となっています。
官兵衛は天文15年(1546年)、播磨国の姫路に生まれます。父は黒田職隆、播磨国御着城主の小寺政職に仕えていました。また官兵衛は年少の頃に母を亡くしています。
小寺氏に属していた官兵衛は天正年間の初め頃には織田信長に通じ、「中国征伐」のために秀吉が播磨に入ると、秀吉を姫路城に迎え入れることになりました。天正5年(1577年)7月23日、秀吉は官兵衛に宛てた有名な書状を認めています。
その書状の中に「我ら弟の小一郎め同然に心やすく存じ候間」との有名な文言があるのです。つまり、秀吉は官兵衛のことを弟の小一郎(秀長)と同様に心安く思ってるというのです。その次には「何事を皆々申すとも、其の方直談を以て、諸事御さばきあるべく候」と続きます。
この文言を歴史学者で國學院大学名誉教授だった桑田忠親氏(1902年~1987年)は世間の者が何を言おうと、私(秀吉)とじかに相談して諸事を処置するようにせよと解釈しています。要は勝手に物事を決めるのではなく、秀吉と相談してから決めるようにしようねということです。
弟(小一郎)同様に心安く思っているのだから、何でも言ってきてねということでしょう。桑田氏が言うように、こうした所は秀吉は「男を口説くことが上手」(同氏『太閤秀吉の手紙』角川書店、1965年)だったと言えるでしょう。
(歴史学者・濱田 浩一郎)
