大河ドラマ「豊臣兄弟」秀吉と寧々の結婚に大反対した女性とその理由とは 識者語る
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」第2回は「願いの鐘」。同ドラマにおいて豊臣秀吉の正妻となる寧々(北政所)は浜辺美波さんが演じています。寧々が生まれた年については諸説(例えば1542年、1549年説)ありますが、ここでは「木下系図」に基付き、天文18年(1549年)の生まれということにしておきましょう。寧々が1549年生まれとすると、天文6年(1537年)生まれの秀吉とは12歳の年齢差があったことになります。
寧々は織田信長に仕えていた秀吉と永禄4年(1561年)に結婚することになりますが、秀吉との結婚に大反対した女性がおりました。それは寧々の母・朝日殿です(寧々の父は杉原定利)。朝日殿は秀吉が「卑賎」(身分や地位が低く卑しいこと)であるとして娘との結婚に反対したのでした(江戸後期の日出藩士・菅沼政常が編纂した『平姓杉原氏御系図附言』より)。また秀吉と寧々が「野合」(正式な手続きを経ないで男女が関係を持つこと)していたことも朝日殿の気に触ったようです。ところが、朝日殿の妹・七曲殿とその夫・浅野長勝は寧々と秀吉との結婚に大賛成。その理由は「秀吉は今でこそ地位は低いかもしれないが、聡明さは凡人の及ぶところではない。英雄の資質が備わっている。よって程なく、出世しよう」と2人は主張したのです。
長勝・七曲殿夫婦は寧々を養女にして秀吉に嫁がせようとするのでした。朝日殿はそれならばと娘の結婚を認めます。こうした事情もあり、秀吉と寧々の母・朝日殿との仲は長く険悪だったとのこと。秀吉が「我らが舅・姑は浅野長勝夫婦である」(『平姓杉原氏御系図附言』)と常々周りに語っていた事はその事を現しているでしょう(一方で最終的には秀吉と朝日殿は和解したとの説もあります)。秀吉と寧々の祝言は浅野長勝の茅葺の「長屋」で行われました(『太閤素生記』)。藁を敷いた上に薄縁(布で縁どった茣蓙)を置いて祝言をしたのでした。秀吉と寧々は晴れて夫婦となり、ここに波瀾万丈な結婚生活がスタートしたのです。
(主要参考文献一覧)
・桑田忠親『豊臣秀吉研究』(角川書店、1975年)
・桑田忠親『桑田忠親著作集』第五巻(秋田書店、1979年)
・桑田忠親編『豊臣秀吉のすべて』(新人物往来社、1981年)
・新人物往来社編『豊臣秀長のすべて』(新人物往来社、1996年)
・藤田達生『秀吉神話をくつがえす』(講談社、2007年)
・渡邊大門『秀吉の出自と出世伝説』(洋泉社、2013年)
・柴裕之編著『豊臣秀長』(戎光祥出版、2024年)
・柴裕之『秀吉と秀長「豊臣兄弟」の天下統一』(NHK出版、2025年)
・濱田浩一郎『秀吉と秀長 天下統一の軌跡』(内外出版社、2025年)
(歴史学者・濱田 浩一郎)
