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伊東ゆかりが目撃した東京五輪のアベベと歴史的な大リーグ没収試合「野茂さんにウルウルきた」

 歌手の伊東ゆかりがコロムビア時代に残した1970年-77年の曲を編集した4枚組CDボックス「伊東ゆかり コロムビア・レコーディングス」(通販専売)を8月下旬の予定でリリースする。昨年亡くなった作曲家・筒美京平さんら日本の歌謡ポップス界を代表するクリエイターと組んだ作品集だ。また、伊東は自身の主演映画が都内で上映された際にトークショーを行い、よろず~ニュースの取材に対しては、スポーツ界での「歴史的な日」に2度遭遇していたことを明かした。音楽、映画、スポーツという3ジャンルに渡って話を聞いた。

 伊東は幼少時から米軍キャンプで歌い、58年にキングレコードからデビュー。60年代には渡辺プロダクションで中尾ミエ、園まりとの「スパーク三人娘」で売り出し、20歳となる67年にリリースした「小指の想い出」が大ヒットした。70年にコロムビアに移籍。今回のボックスでは、LP16枚とシングル盤の中から、希代のヒットメーカーである筒美さんが手がけた「誰も知らない」など、円熟期の作品をCD4枚に凝縮した。

 ボックス収録のインタビューで、伊東は「歌い手にとってかけがえのない財産だとつくづく思います。昔、宮川(泰)先生から、『ゆかりの歌はパンチが足りないんだよ。右から左に流れていっちゃうんだよな』なんて言われたことがありましたけど、今はその流れてゆく感じも逆にいいのかもしれないなぁなんて。歌を聴いて元気を出していただくのも嬉しいですけど、イージーリスニングみたいな聴かれかたも嫌いじゃないです」とコメントしている。

 また、7月には、18歳で主演した松竹映画「おしゃべりな真珠」(65年、川頭義郎監督)が上映された「蔵出し!松竹レアもの祭」(東京・ラピュタ阿佐ケ谷)で、娯楽映画研究家・佐藤利明氏を聞き手にトークに臨んだ。同名タイトルの主題歌をアカペラで歌いながら入場。「安井かずみさんがレコ大の作詞賞を受賞した、いい歌なんです」という名曲に満席のファンが酔った。

 トークでは、共演した池部良さんの思い出をはじめ、映画公開の65年に参加したイタリアのサンレモ音楽祭で現地の新聞記者に「日本にはテレビやラジオはあるのか?」と質問されて同国で日本の実情が知られていないことに驚きつつ、カンツォーネを歌う原点となった貴重な経験、テレビでは3人娘で活躍したフジテレビ系「森永スパークショー」や今年5月に亡くなった澤田隆治さんが演出した朝日放送制作「てなもんや三度笠」への出演などを振り返った。また、耳にピアスの穴をあけただけで、当時は週刊誌で「伊東ゆかりに穴があいた!」という見出しになったエピソードで笑いを誘った。

 打ち合わせ中、伊東は大リーグ・エンゼルスの大谷翔平、コロナ禍で満員の観客が詰めかけたテニスのウィンブルドン選手権やサッカーのUEFA欧州選手権を話題にしていた。スポーツへの関心も高い。

 「大谷さんはむこうの選手にも引けを取らないですが、その下地を作ったのは野茂(英雄)さんですよ。私はロサンゼルスでレコーディングした時に、野茂さんが投げた試合を2度、ドジャー・スタジアムで観戦しました。やっぱり、ウルウルきましたね。そのうちの1試合は、ラ・ソーダ監督が審判に退場させられた没収試合でした」

 伊東は95年の現地時間8月10日、今年1月に93歳で亡くなった同監督が主役となった没収試合を現場で目撃していた。大リーグの没収試合は現時点で、その日が最後となっており、歴史的な1日に立ち会ったことになる。

 また、64年の東京五輪ではマラソンを観戦。当時17歳だった伊東は「忙しくて、東京でオリンピックをやっているのに、テレビで見た記憶はあまりないんですが、マラソンは生で見ました。折り返し地点で応援していたんですけど、選手のスピードが速くて、『えっ』という間に走り去っていく中、アベベ選手を見ましたよ。待っている時間が長かったという記憶が残っています」と振り返る。2大会連続の金メダルに輝いた「裸足の王者」の勇姿を目に焼き付けた。

 2度目の東京五輪もまもなく閉幕。夏を乗り越えて秋を迎えると、コロナ禍で延期されていた、長女の歌手・宙美(ひろみ)との「デュオで親子でライバルで」と題したコンサートを11月10日に静岡県の富士市文化会館、同11日に伊東市観光会館で開催予定。愛娘との共演も励みに歌い続ける。

(デイリースポーツ/よろず~ニュース・北村 泰介)

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