岸善幸監督『二重生活』、門脇麦の魅力

 河瀬直美監督『あん』、是枝裕和監督『海街diary』、橋口亮輔監督『恋人たち』、塚本晋也監督『野火』etc…。日本映画斜陽時代の1990年代に海外の映画祭で力をつけてきた監督たちの活躍が目立った2015年の日本映画界。『ハッピーアワー』の濱口竜介監督、『3泊4日、5時の鐘』の三澤拓哉監督と新鋭も台頭してきており、頼もしい限り。そこに逸材がまた一人。門脇麦主演の映画『二重生活』(6月25日公開)で映画監督デビューする岸善幸だ。ドキュメンタリーの現場で培った経験を武器に、新たな旋風を巻き起こしそうだ。

 テレビ好きの筆者としては“ようこそ!映画界へ”と諸手を挙げて歓迎したい存在だ。岸監督はドキュメンタリーやバラエティ番組を数多く手がけているが、09年にNHK BSハイビジョンで放送されたドキュメンタリードラマ「少女たちの日記帳 ヒロシマ 昭和20年4月6日~8月6日」以降、ドキュメンタリーのノウハウを生かしたドラマ制作も精力的に行っている。そのどれもが印象深い。

 満島ひかり主演「開拓者たち」(NHK、12年)は、満蒙開拓移民のヒロインを通して日中の歴史を描いたドキュメンタリードラマ。主人公の満島がインタビュアーとなり、体験者に話を聞きながら物語が進められる構成が斬新だった。13年3月に放送されたドラマ「ラジオ」(NHK)は、東日本大震災後に立ち上がった女川さいがいFMの実話を描いたもの。被災地で撮影を行いながら、フィクションだからこそ描ける被災者の本音と葛藤が、いじらしくも切なかった。そして戦後70年の昨夏放送された黒島結菜主演「一番電車が走った」(NHK)は、被曝からわずか3日後に路面電車を走らせた少女運転士の実話。戦争の悲惨さのみならず人間が力強く歩き始める姿は、災害に紛争と混迷を続ける社会で生きる我々への力強いメッセージと受け取った。

 その岸監督が映画初監督作に選んだのは、小池真理子の同名小説が原作の『二重生活』。哲学科の女子大生・珠(門脇)が、修士論文のテーマ「実存を実感する時間と体験について」を研究するにあたり、無作為に選んだ一人・石坂(長谷川博己)を尾行することに。だが、良き家庭人であり出版社のエリート社員に思えた彼の秘密を知り、次第に尾行という行為にのめり込んでいくサスペンス劇だ。岸監督は本作を選んだ理由について「“哲学”と“尾行”という文字に惹かれて原作を手に取りました。スタッフといろいろ話すと、結構『好きな子を尾行したことがある』とか普通に出てくるんですよね。この怪しい雰囲気に観客も惹かれるのではないか?と思い、脚本に仕立てました」。

 撮影はちょうど約1年前。都内の現場を訪れると、これが岸マジックか!?と思わせる場面に遭遇した。珠の尾行がバレて、居酒屋で石坂と対峙する場面。通常は全体、顔のアップなど、1シーンをカットごと割り、カメラ位置を変えて撮っていく。だが岸監督の場合はカメラ位置を変えては1シーンをフルに撮影。しかも何度も。スティーブン・スピルバーグ監督『宇宙戦争』(05年)の現場訪問でも見たハリウッド方式だ。この方が、俳優は気持ちを途切れさせることなく芝居に集中でき、役を超えた表情や感情が“リアルさ”を生む効果がある。筆者が心打たれた岸作品の真髄はここにあったのかも。

 「カット割りは作りません。その場の空気感とか、セリフ以外の表情とか、相手の話を聞いている時の“受け”の芝居とか、それがこの映画には重要だと思っています。嘘をついているのか、何か隠し事をしているのか、目線の動きがとても大切なのです。でも芝居は役者さんにお任せしています。役者は(芝居の中で)その瞬間、瞬間を生きていますから、こういう風が演じやすいとか、そのキャラクターを感じ、近づいたことがどんどん出てきます。なので『間が欲しい』との要望があればセリフを削ることもありますし、逆に付け足すこともあります。きょうのシーンの後半部分は、長谷川さんが前夜考えてきたセリフを付け足しました」(岸監督)。

 もっともこの手法、役者によっては素の表情を使用されてしまう可能性もある為、嫌がる人もいるのだとか。

「戸惑う役者もいますけど、結果として(出来上がった映像を見て)納得していただく」(岸監督)。

 完成した映画を見た。地下鉄や渋谷のスクランブル交差点をも使った尾行シーンは、さすがドキュメンタリー出身監督のスリルとドキドキ感だ。これまでの岸作品を考えると意外とも思えた原作ものだったが、しっかりと今の社会が切り取られていた。そして、尾行に並々ならぬ感心と興奮を覚えてしまう珠役の門脇の艶かしいこと。岸監督も「門脇さんは、(相手の)受けの芝居の目線が綺麗で、良い表情をたくさんしている」と太鼓判を押す。門脇が体当たり演技を見せた『愛の渦』(14年)の撮影現場を取材していた筆者としては、座長然として現場にいる彼女に逞しさと、スクリーンの中で確実に女っぽさを増している姿にドキマギしっぱなしだったが。こうして多くの逸材たちが羽ばたいていく過程を追えるから、この仕事は止められないのだ。(映画ジャーナリスト・中山治美)

 ※連載は今回で終了します。ご愛読ありがとうございました。

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