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「NO」と言える韓国映画人の強さ

 アジア最大級の映画祭、韓国の釜山国際映画祭(BIFF)が揺れている。きっかけは、2014年にセウォル号沈没事故について政府の対応を検証したドキュメンタリー映画『ダイビング・ベル(原題)』の上映を、釜山市の「社会的な混乱をもたらす」とする中止要請をはねのけて上映したこと。以降、映画祭に政治介入してくるな!とする映画祭&韓国映画人VS何がなんでも責任者であるイ・ヨングァン映画祭執行委員長を辞めさせたいとする釜山市&政府の仁義なき戦いが続いている。そしてついに裁判闘争へと発展した。

 巨大映画祭にとって行政の支援は必要不可欠だ。行政側も、経済効果や知名度のアップが見込まれることから支援する。BIFFの場合、15年の来場者は22万7000人。BIFFのメーン会場のある海海台エリアの都市開発は目覚しく、14年にはアジア初となるユネスコの映像創造都市にも認定された。いわばWINWINの関係が成立していた。

 だが、亀裂が入ると一気に距離が広がった。なにせソ・ビョンス釜山市長はパク・クネ大統領の元側近であり、映画祭の組織委員長でもある。自分が上映中止を指示すれば、BIFF側が従うと思っていたのだろう。それが顔をつぶされた形になり、怒りが収まらなかったようだ。

 以降は執拗な圧力が続いている。会計監査に入り、経費の無駄遣いなどを指摘してイ執行委員長の退陣と運営の改善を求めた。さらに政府の関連機関であるKOFIC(韓国映画振興委員会)が、突然、15年の助成金を大幅カットするという追い討ちをかけてきた。そこでBIFFは15年の開催を前に、女優のカン・スヨンを共同執行委員長に任命して新体制を打ち出した。減額された助成金は一般企業&個人などから寄付金を募って補った。そうして15年10月に開催された20回の記念大会をなんとか乗り切ったはずだった。

 しかし映画祭が終わるのを待って、釜山市がまたも会計監査に入ったのだ。狙いを付けたのは、寄付金。仲介者に対して支払ったとされる書類に不備があり、詐欺罪でイ執行委員長を起訴したのだ。もっともこれは、2月に任期を迎えるイ執行委員長が大人しく退陣すれば「不問にする」と公言している。明らかな権力者の横暴だ。

 普通、お上にここまで圧力をかけられたら屈してしまうだろう。日本の映画祭だったら、行政から上映中止要請を受けた時点で抵抗すらしないのではないだろうか。だがイ執行委員長をはじめとするBIFFスタッフは徹底抗戦の姿勢を貫いている。芯の強さはどこから来るのか。昨年11月に開催された東京フィルメックスで、審査員のために来日したイ執行委員長に取材をして分かった。潔白であるという自信。そしてBIFFについて明確なビジョンと信念を持っていから、そう簡単に今のポジションを投げ出したり、諦めることはしないのだと。つい、何か不祥事を起こすと“責任を取って”という理由でさっさと辞任してしまう企業トップや政治家を思い浮かべてしまった。

 BIFFは1996年に、韓国映画の海外発信とアジアの映画人の交流の場を目指して創設された。映画研究家であり大学教授だったイ執行委員長は、エグゼクティブ・プログラマーとして立ち上げから携わっている。他のメーンスタッフも、ほとんど変わっていない。彼らは常に自国のみならず広くアジアの映画界を見据えた展開を行っており、14年のオープニングセレモニーの司会者に渡辺謙を起用したのも記憶に新しい。

 15年は20回大会を記念し、アジア映画ベスト100を発表。映画祭期間中にベスト10入りした小津安二郎監督『東京物語』(53年)や黒澤明監督『七人の侍』(54年)を上映し、世界に向けてアジア映画の魅力を再認識してもらおうと試みた。東京国際映画祭が14年に「ニッポンは、世界中から尊敬されている映画監督の出身国だった。お忘れなく」などの内向きなコピーを広告に使用していたのとは、エライ違いなのだ。今後の目標も、視野が広い。

 「釜山国際映画祭はこれまでアジア・フィルム・アカデミー、アジアン・シネマ・ファンドなどで新人発掘と支援を続けてきました。でもまだ第一段階。さらに強化する必要があります。最近、自主映画を映画祭のみならず常時鑑賞できる環境を作ろうと、釜山のシネマセンター内に専用劇場を開館しました。これをオンラインでも鑑賞できるようにし、韓国のみならず世界中の自主映画の窓口になれば」

 イ執行委員長の任期は今年2月。延長して後進への引き継ぎを行いつつ、いずれ研究者としての活動に戻る予定だったという。しかし今はBIFFを守る為にも辞められないという。そんなイ執行委員長とBIFFをサポートしようと、韓国映画界も一丸となって「I SUPPORT BIFF」プロジェクトを実践している。この辺りが韓国映画界の強味で、問題が起こると一致団結する。06年に米韓自由貿易協定終結によりスクリーンクォータ制縮小が取り沙汰された時も、皆で抗議活動を実施。映画『オールド・ボーイ』(03年)の主演俳優チェ・ミンシクが、ベネチア国際映画祭で抗議デモを行っていたのを見たことがある。そして今「I SUPPORT BIFF」の輪は、BIFFと関係の深い日本の映画人はもちろん、海外にも広がっている。これはBIFFだけの問題ではない。理不尽なこと、多勢と意見が異なること、そして上からの圧力に対して「NO」と言いづらくなっている世の中への挑戦でもあるのだ。(映画ジャーナリスト・中山治美)

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