「北の国から」の原点はサブちゃんだった 約1週間の付き人経験が生んだ名作 北島三郎が明かした倉本聰さんとの秘話

 大御所の歌手・北島三郎(90)が、このほどデイリースポーツの取材に応じ、9月に死去した脚本家で演出家の倉本聰さん(享年91)との思い出を語った。2人は倉本さんの作品を多く手がけたフジテレビの中村敏夫プロデューサーを通じ知り合い、長く親交があった。

 「倉本さんとは、なぜかウマが合い、よくご一緒しました。何だか兄弟のような感じがありました」。北島は懐かしそうに振り返った。

 ある時の会話では、倉本さんが「実はよく『サブちゃんに似ている』と言われるんだよ」と言うと、北島も「あなたを見ていて、オレに似ている気がしていたんだ」と応えるなど、本物の“兄弟”のような関係を築いてきた。そんなエピソードもあり、北島が倉本さんに電話をかける際は「もしもし北島さん!」と言い、電話に出た倉本さんも「ああ倉本さんかい!」と応じるのが恒例だったという。

 仕事面でも、倉本さんからオファーを受けた北島が、歌手業の合間を縫ってドラマなどに出演した。一方で、倉本さんが北島の地方巡業に付き人として参加したこともあった。実はこの時の経験から倉本さんの代表作「北の国から」が生まれたのだ。

 倉本さんは生前、代表作のドラマシリーズ「北の国から」について「『北の国から』の原点は北島三郎にある」と常々語っていた。2019年の年末に開催された自身の人生を語るトークショーでは、そのキッカケとして、フリーの脚本家として活動していた1970年代半ば、仕事上のトラブルもあり、東京を離れ札幌で2年半暮らした生活について触れた。

 毎日のように朝まで飲んで、サラリーマンやホステスなどさまざまな業種の方と交流した。そこで知ったのが、これまで分からなかった人々の日常の暮らしや苦しみや喜び。「東京で業界人とばかり話し、人生を知ったつもりになっていた自分にとって、ここでの利害関係のない人との交流が、ものすごく財産になった」という。

 そしてこの頃に知り合った北島三郎が、大衆から高い人気があることに着目。「その理由を知るために、お願いして付き人になった」という。

 約1週間、北海道や青森の公演に同行した。

 「サブちゃんのお客さんとのやりとりを見て、ショックを受けた。サブちゃんはお客さんと地べたスレスレの目線で付き合う。相手の学力、財力とか一切関係ないのです。自分が若い頃に作っていたドラマは、サブちゃんみたいに、草の根の視聴者に届いていたのか。仕事を終えて家に帰り、ビールを飲みながらオレのドラマを見てくれるのか。それを気付いて変わった」

 このような経験から「鳥の目で見るな!地べたの目」という自身の大事な制作方針を持ち「北の国から」が生まれたという。

 北島も当時のことをしっかりと覚えており「突然の話で驚きましたが、一週間ほど一緒に旅をしました。楽屋では衣装や靴を用意してくれて、舞台から降りた際には、水あめをはさんだ南部せんべいを出してくれた。また“温かい場所はこちらです”とストーブの近くに案内してくれたり。本当に付き人をやってくれた」と“付き人・倉本さん”の様子を語った。

 そして、倉本さんの人生を変えたお客さんとの交流には「流しをやっていた経験から、お客さんのリクエストに応えて歌うコーナーがあったのです。いかにお客さんとのトークを楽しくやるか、ということを大事にやっていました。倉本さんは、それを見て“楽しくてしょうがなかった”と言ってました。われわれは大衆とともに生かされている、ということを感じたようでした」。

 親交は長く続いた。実は倉本さんが晩年に手がけたテレビ朝日系の連続ドラマ「やすらぎ」シリーズでも、北島に出演オファーがあった。具体的な役の設定も決まっていたが、北島の体調が万全でなかったため、残念ながら実現しなかった。

 訃報に接して北島は「大切な友の旅立ちに寂しさでいっぱいです」と、悲しみをこらえていた。

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