筒美京平さん幻の未発表曲 アナログレコード化の裏側 “盟友”川原伸司プロデューサーが語る

 「ブルー・ライト・ヨコハマ」「また逢う日まで」「木綿のハンカチーフ」「魅せられて」など多くの名曲、ヒット曲を世に送った大作曲家、筒美京平さん(2020年没)の未発表曲がこのほど発見、レコーディングされて今春、アナログのLPレコード「TOKYO SUITE」として発売された。筒美さんと公私にわたり親交が深く、今作をプロデュースした川原伸司氏(75)が、「J-POPの父」の志を引き継いだ制作の裏側を語った。

 始まりは名エンジニアの高田英男氏が川原氏に、サックス奏者の苫米地義久が預かっている筒美さんの未発表曲を「何とか世に出したい」と相談したことだった。

 川原氏は宣伝マン、ディレクター、プロデューサー、アシスタントとして筒美さんと40年以上にわたり仕事をして「物作りを続けていく人間の作法を全部教わったと思います」という人物だ。

 筒美さんは約20年前に苫米地、石塚まみ(ピアノ、アレンジ)と東京をテーマにジャズ作品を制作しようとしていたが「京平さんの体調が悪くなったので頓挫して」、苫米地の元にデモテープと譜面が残された。

 デモテープを聴いた川原氏の脳裏によみがえったのは「スタジオの端っこで仕事と関係なく弾いている時の京平さん」。今作に収められたような端正なジャズを弾いていたという。川原氏は「黙々と自分の音楽を磨き上げていたところがすごく音楽家、作曲家として尊敬できると思っていたので、何とか未発表曲を世の中に出したい」と実現に奔走。音は苫米地と石塚に任せ、原盤の引受先や発売元の決定、製作費など「スタッフワークに徹して、制作進行係としてお手伝いした」。

 今作には筒美さんが残した6曲中5曲に苫米地と石塚の3曲、筒美さん作曲のNOKKO「人魚」のカバーの全9曲を収録。苫米地、石塚、川原氏、高田氏の全員が生前の筒美さんをよく知っており「こういうプロデュース(をしたんじゃないか)、こんなことを言ったんじゃないかということを共有して制作を進めた。石塚さんもアレンジする際に『京平先生だったらこういうふうに言うよね』、『こうだよね』というのを前提に、遺志を引き継いでレコーディングした」という。

 録音システム構築から発売形態まで全工程でアナログにこだわったのは「そういう(デジタル)時代だからこそ、あえて全部アナログでやるって一番ぜいたくだと思って。京平さんもアナログの人だったから、そういうのいいねえってたぶん言ってくれたし、こういうアナログレコーディングで、アナログのこういう音で、というのを一番好んだと思います」という意図からだ。

 高音質にするため、片面は通常より短い15分で、価格は通常より高額な税込8800円になった。「溝の深さも考えると15分が一番いいだろうということで。すごく音量も大きくカットされてるし。高額商品になっちゃうのも、100%ピュアビニールを使わないと完璧な音じゃないという考え方なんです。工場からとかビニールの指定をいろいろして、製造工程を考えるとそれぐらいの値段になってしまう」。

 川原氏は筒美作品の魅力を「人の好きになるメロディーメイカー。本質的なメロディーがものすごく美しいし、なじみやすい」と指摘。本作は筒美さんが連発したポップな名曲、大ヒット曲とは一聴すると異なるようでも「そういう(筒美作品の本質の)感じがものすごくしました」という。

 筒美さんを「洗練されていました。一番カッコ良かった。権威的でもないし、才能があるって過度に思い込む自己愛の強さは一切ない謙虚な人でした」と回想した川原氏は「苫米地さんも『栄ちゃん(筒美さんは本名渡辺栄吉)聴いてね』ってコメントに載せてますけど、みんなそういう気持ちだったと思います」と、メンバーが込めた思いを振り返っていた。

 ◆川原 伸司(かわはら・しんじ)1950年生まれ、東京出身。ビクター音楽産業を経てソニー・ミュージックエンタテインメントのチーフプロデューサーとして大滝詠一さん、TOKIO、ダウンタウンらを手がけ、ソニー在籍時から井上陽水、中森明菜、中山美穂さんらをプロデュース。作曲家・平井夏美としては松田聖子「瑠璃色の地球」、陽水との共作「少年時代」などがある。著書に「ジョージ・マーティンになりたくて~プロデューサー川原伸司、素顔の仕事録~」。

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