「自分を表現する時が来た」未唯mieデビュー50周年 20歳から1日1食-整体術も 国民的人気ピンク・レディー寝てないから記憶うろ覚え

「ペッパー警部」のポーズを決める未唯mie(撮影・伊藤笙子)
1985年当時の未唯mie(MIE)
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 国民的アイドルデュオ、ピンク・レディーの未唯mie(68)が9月19日に東京国際フォーラムCで、デビュー50周年、ソロでは45周年を迎えた記念コンサートを行う。デビューから現在までの歴史を振り返り、歌や踊りに乗せて披露する。超多忙を極めたピンク・レディー時代、解散後1984年にMIEの名でリリースした「NEVER」がヒットした喜びや、ソロ歌手での活躍秘話など、半生を語った。

 インタビュー当日、自身で運転する車で会場入りした。「よろしくお願いします!」。声を響かせ、運転席を降りた姿は、エネルギッシュな雰囲気を醸し出していた。

 国民的な人気を博したピンク・レディー時代。1977~79年にかけて人気絶頂を極め、1日15本の仕事もざら。多くのメディアに対応するため、移動中の新幹線も貴重な取材場所だった。当時、飛ぶように売れていた芸能雑誌には番記者もいて密着された。「『明星』、『平凡』はデビュー当時から担当記者を付けてくださって、移動の間もインタビューを受けて、寝られなかった。次から次へと仕事が降ってきて何をしてるか分からないくらい」と振り返る。

 4年7カ月にわたる活動期間中、寝る時間が取れないほどの人気でトップアイドルとして君臨した。その原点は高校2年生から通ったボーカルスクール。「先生の教えで、目が覚めたところから寝るまで、なんなら寝る間も惜しんで、ずっと発声練習をしていた」という。

 そのおかげもあり、オーディション番組「スター誕生!」で合格。デビューにあたり、当時のプロデューサーから告げられた言葉がある。「眠い時にも寝られない。おなかがすいても食べられない時もあるけど、どんな時でも笑顔で頑張らないといけないんだよ」

 絶対に守らないといけないと覚悟を決め「それでも歌手になりたいです」と約束をした。ケイこと増田惠子とはデビュー前からフォークデュオ「クッキー」として活動してきたが、「アマチュア時代とは一番の違いで、もう、そこは根性の出しどころ」。職業として歌手を選んだからには、と耐え忍んだ。

 その後は、日本レコード大賞新人賞受賞(1976年)を皮切りに、オリコンシングルチャート通算首位獲得数63週1位など、人々の記憶に残る活躍を刻んだ。睡眠時間を削って多忙なスケジュールをこなした。そのせいで当時の記憶はうろ覚えだ。

 78年1月、伝説的歌番組「ザ・ベストテン」放送第1回で「UFO」が1位を獲得した。今年1月1日に肺がんで死去した司会の久米宏さんとは当時毎週、会話を交わしながらも「話の記憶が定着してないんです。きっと、寝てないから」と笑う。

 人気を維持し続けた理由についてこう振り返る。「職業としてずっと歌手を続けていきたいっていう夢で入ってきた。まずは1年目に、賞を取らないと2年目に残れないと思っていた。この曲でみんなに認めてもらって、喜んでもらったりしないと来年に残れないって。翌年は、2年目のジンクスで終わってしまったら、ずっと歌手として生き続けられる夢が壊れちゃうかもしれないと思って。もう本当にこの1曲終わったら倒れてもいいっていうようなつもりでした」。日々、背水の思いで活動に向かっていたからこそ、トップオブトップで居続けられた。

 ピンク解散後の81年7月に「ブラームスはロックがお好き」でソロデビュー。84年にはTBS系ドラマ「不良少女と呼ばれて」の主題歌「NEVER」が大ヒットした。当時を「ピンク・レディーの曲よりも5度半上で、リハーサルを重ねると高音がへたる時があった。それが悔しくて」と振り返るが、同曲はソロでコンサートツアーを行うきっかけとなり「『NEVER』は格別だったかもしれない」と懐かしむ。

 俳優業にも進出。86年には、「セーラー服通り」や「夏・体験物語2」など、若年層に人気を博したドラマに出演した。中学時代は演劇部に所属しており「楽しいどころの騒ぎじゃなく、もう生き生きとしていました。セリフをもらって舞台に立てた時にようやく自分を表に出せた感じがした」。自分を表現する場としての輝きを感じることができた。

 プロデビュー50年目を迎えた未唯mie。活力に満ちあふれている。幼少期は病弱で、母親に度々、病院に連れていかれた。徒競走は万年ビリで、体力に自信がなかった。そのため、年齢を重ねるにつれ、体力面での限界で引退する時を覚悟していた。

 だが、「体がどんどん楽になっている」と進化中だ。10年前から骨の連動、関節を正しく動かす整体術「ボーンメソッド」を取り入れ、「20歳の時から1日1食」と日々の摂生も欠かさない。昨年秋のライブでは「フルコーラスでピンク・レディーを3曲歌ったんですけど、何の息切れもなく楽しく歌ったんですよ」という。

 9月19日に予定する周年コンサートでは、現在のスキル、体力をフル稼働させピンク・レディーの楽曲も披露予定。「50年分の自分を表現する時が来たって。この50年という節目が進化へのスタートになると思える。体を進化させ、すてきな人生を送ることができることを身をもって表現できたらいいなって思える記念のコンサートになったら、うれしい」。未唯mieは、まい進し続ける。

 ◇未唯mie(ミー)1958年3月9日生まれ。静岡県出身。76年8月にピンク・レディーとしてシングル「ペッパー警部」でデビュー。77年には155万枚の最大のヒットを飛ばした「UFO」、78年には初登場1位を記録した「サウスポー」など9曲連続1位を達成。81年3月に解散後、同年7月に「ブラームスはロックがお好き」でソロデビュー。84年6月に発売した6枚目のシングル「NEVER」がソロ曲最大のヒットを飛ばす。

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