「翔んで埼玉」は「宝塚風」で“埼玉ディス”を架空化 名人物デザイナー明かす名作の裏側【前編】
映像・舞台で数々の“美しい人物”を生み出してきた人物デザイナー・柘植伊佐夫氏(65)がこのほど、デイリースポーツの取材に応じた。これまでNHK大河ドラマ「龍馬伝」や「岸辺露伴は動かない」シリーズなど名だたる作品を担当。既成概念を超えた「美しい扮装(ふんそう)」を生み出してきた背景にある「美しさ」の基準をすべて語った書籍「美人」(サンマーク出版)を5月に発売しており、書籍に込めた思いや「人物デザイン」という役割について語った。(前編)
聞き慣れない「人物デザイン監修」という職業が、実は作品の屋台骨を担っている。「人物デザイン」の“生みの親”である柘植氏は、「『人物デザイン』は登場人物の扮装と言われる部分。容姿、見た目、外形をトータルで形作る仕事です」と話す。
例えば、2019年の映画「翔んで埼玉」は、原作漫画に「埼玉から東京に行くには通行手形がいる!」「埼玉県民はそこらへんの草でも食わせておけ!」と強烈な“埼玉ディス”があることで話題だった。この「毒っ気」が作品の良さでもあるが、「丁寧にやらないと、大変なハレーションを起こすだろうな」という心配もあった。
「毒っ気がとても面白いところで、かつ、その裏返しが(埼玉への)愛情深さでもある。それを一種の差別的な表現だけを取り上げられちゃうと、『最低!』っていう取り扱いになっちゃう」
これを解決するためには「東京人が埼玉県民をちょっと差別しているということを、どれだけ架空の世界にできるか」が重要だった。そして作品に導入したのが「宝塚歌劇団」のテイストだ。
「あまりにない架空にしてしまうと、ちょっと感情移入できない。宝塚みたいなことにすれば、宝塚は社会の中にちゃんと厳然として夢の世界としてあるので。『これは妄想の世界なんだ』と分かった上で、『その(妄想の世界の)人たちが埼玉県の方たちをののしったりする分には許せる』みたいな、そういう構造ができますよね」
「宝塚風」を衣装やメークなどで視覚化するように取りまとめ、結果的には大反響の映画となった。これが柘植氏の「人物デザイン」の仕事だ。
さらに、柘植氏は荒木飛呂彦氏の人気コミック「ジョジョの奇妙な冒険」のスピンオフ「岸辺露伴は動かない」シリーズの実写ドラマシリーズや映画でも「人物デザイン」を行っている。
高橋一生が演じる主人公・岸辺露伴は、人の心や記憶を本にすることができ、さらにその内容を書き換えることができる特殊能力を持つ。原作で特徴的なのが「頭にギザギザの何かを巻いてる」ことだった。
「どうしようかなと思いましたね。荒木先生の絵って、『髪の毛と異物が合体している』みたいな人たち、結構多かったりとかする。それは、何かこの世ならざるものというか、クリエーティブな意識が形状化したものだと思うんです。これを実写にしていくときに、それがあって成り立つ世界にしなきゃならない。普通の世界の中に、このギザギザの頭が成り立つのか。まず、そこから入りました」
それを実現させたのが「色」だという。荒木氏は極彩色の絵を描くが、実写では渡辺一貴監督が「モノトーンなものにしたらどうか」と提案。柘植氏もそこから着想を得て「露伴だけでなくて、世界観をモノトーンにしていくことによって収められるんじゃないか」と人物デザインの方向性を定めていった。
「奇抜なことが成り立つ世界は『モード』かなと思ったんです。ファッションも『モード』の世界って、例えばパリコレみたいに『これで街を歩くの?』みたいなのはあるけど、すごくかっこよかったりとかする。その感じが荒木先生の漫画世界における奇抜さと、実写の現実世界における奇抜さの意味とか距離感が一致するんじゃないかなと」
悩んでいた露伴の「ギザギザヘアバンド」も黒色になった。「黒にすることによって遠目には髪の毛と混ざる。『違和感はあるけど、違和感がギリギリにない感じにできるかな?』と(思った)」と原作の奇抜な雰囲気も残した「人物デザイン」ができあがった。
露伴の担当編集者・泉京香はあえて色彩を豊かにつくったという。「編集者だけどファッション・ビクティム。それがさらに露伴という存在を『モード』に引っ張っていくことができる」と作品の奥行きを生み出し、全てをモノトーンにしてしまうこと「単調になる」ことを回避した。こうして作りあげた独特の世界観は多くの人々を魅了。ドラマシリーズは映画化もされた。
◇柘植伊佐夫(つげ・いさお) 1960年1月27日生まれ。映像・舞台で数々の「人物デザイン」を行う。これまでNHK大河ドラマ「龍馬伝」「平清盛」「どうする家康」や「岸辺露伴は動かない」「精霊の守り人」シリーズ、米国アカデミー賞を受賞した「おくりびと」、日本アカデミー賞を受賞した「シン・ゴジラ」などを担当。映画「翔んで埼玉」では「宝塚風」の人物デザインで巧みな演出につなげた。
