海老名香葉子さん死去 初代・林家三平の妻 10月から入院 名門・林家一門支えた偉大な“母”逝く

 落語家の初代・林家三平さんの妻で、エッセイストとしても活躍した海老名香葉子さんが、24日午後8時38分に老衰のため都内の病院で死去していたことが29日、分かった。92歳。長男の落語家・林家正蔵(63)が発表した。故人の遺志によりこの日、家族葬が執り行われ、正蔵が喪主を務めた。来年1月9日には上野・寛永寺でお別れの会が開かれる。

 「昭和の爆笑王」と称された夫を支え、その早世後は名門・林家一門を取り仕切ってきた偉大なる“母”が、静かにこの世を去っていた。関係者によると、香葉子さんは今年に入って体調を崩しがちで、10月ごろから都内の病院に入院。最期は息子の正蔵、二代目・三平(55)、娘の海老名美どり(72)、泰葉(64)ら家族にみとられ、安らかに旅立ったという。

 葬儀を終え、正蔵は公式サイトでコメントを発表。「母 香葉子 クリスマスイヴの晩 穏やかに旅立ちました 終戦からの激動の時を強く生きていきました 根っからの江戸っ子 情に厚く 涙もろく 真っすぐな気性 九十二歳の大往生でした 生前 ご厚意を賜り心より感謝いたします」とつづった。

 香葉子さんは1933年に東京で生まれ、静岡に疎開中の1945年3月、東京大空襲で家族6人を亡くした。終戦後、親戚宅に預けられた後、落語家の三代目三遊亭金馬さんに引き取られ、稽古のため金馬さんのもとに通っていた初代三平さんと出会い、見合いの末に52年に結婚した。

 53年2月、後に俳優として活躍する長女・美どりを出産。その後、次女・泰葉、長男・正蔵、次男・二代目三平と子宝に恵まれた。だが、80年には初代三平さんが肝臓がんのため、54歳の若さで急逝した。

 所属していた落語協会の分裂騒動が起きた直後で数多くの困難に直面。それでも、自らテレビ出演や講演会、エッセー執筆などで生計を立て、総領弟子だった林家こん平さん(20年に死去)とともに“大黒柱”として一門を支え続けた。

 一方で、自身の悲惨な体験から、反戦活動にも熱心に取り組んだ。2005年には私財と寄付を用い、上野・寛永寺に「哀しみの東京大空襲」、上野公園に「時忘れじの塔」を建立。毎年3月9日に空襲犠牲者を慰霊する「時忘れじの集い」を開催しており、今年も元気な姿を見せていた。

 4人の子供に加え、その配偶者や孫までもが芸能界で活躍する“超芸能一家”の大女将として生きた香葉子さん。07年には泰葉と春風亭小朝の泥沼離婚騒動が報じられたこともあったが、太陽のように前向きで明るい姿勢は、変わることがなかった。

 ◆海老名香葉子(えびな・かよこ)1933年10月6日生まれ、東京都出身。釣り竿の名匠「竿忠」に生まれる。東京大空襲で家族を失い、16歳で父と親交のあった三遊亭金馬さんに引き取られる。52年に初代・林家三平さんと結婚、長男は九代目林家正蔵、次男は二代目林家三平。長女は元俳優の海老名美どり、次女はシンガー・ソングライターの泰葉。80年に三平氏が死去後に執筆活動を始め、元大関・増位山太志郎さんのヒット曲「そんな夕子にほれました」の作詞も手がけた。

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