菊池日菜子 極限状態の撮影も体育会系魂で「どんとこい」元ハンマー投げのアスリート 戦争作品で映画初主演
戦後80年。夏映画に戦争作品の力作が多数ラインアップされている。俳優の菊池日菜子(23)は「長崎-閃光(せんこう)の影で-」(8月1日公開)で映画初主演。1945年、原爆投下直後の長崎を舞台に、人命を救うため奔走した看護学生を演じた。生々しく、痛ましいシーンが続き、撮影当時はほとんど寝ることもできなかったという。自らを追い込むことで奮い立つ体育会系の新星に、極限状態だった撮影について聞いた。
医療体制もままならぬまま、廃墟と化した街で救護を続ける。看護学生の主人公・田中スミたちには、気の抜けるシーンがほとんどない。
撮影当時について菊池は「眠れはするんですけど、10分、20分で飛び起きちゃうのが1カ月続きました。当時は頭があまり回ってなかったかもしれないです。全日程でどのシーンもとても重かったから、次の日のことを考えると不安で眠れなかったり、その日のセットにがっつり(ショックを)受けたり、精神的な消耗が大きかったです。当時はかなり苦しみながらでした。もちろん、私だけでなく」とかみしめるように振り返った。
演じるのではなく、当時を生きる。長崎出身で被爆3世の松本准平監督はテストなしの一発本番、長回しという撮影方法を選択。1カ月の準備期間にはワークショップも行い、イスを向かい合わせにして、対面の“役の自分”に話しかける「エンプティ・チェア」を実施したという。
「目の前にスミがいると思って話や質問をしました。どこか平和ボケしているような現代の私が、凄惨な時代を生きている彼女を演じることに対して、どこか申し訳なさを感じていた分、目の前にスミさんがいると思うと、すごく涙があふれてきてしまって。『誠心誠意、スミさんを求めて撮影を頑張ります』と伝えました」
心身ともに追い込まれる日々だったが、むしろ真骨頂。高校時代は陸上部でハンマー投げをしており「体育会系根性はあると思います。苦しまないと頑張れていないような、苦しんでこそって感覚はありますね。どんとこいです」と笑う。部活時代はスクワットの成果で「膝上がボコっとしている感じ」だった本格派。名物の「100本投げ」を5時間以上かけて行っていたという。
「撮影の時も本当に生活がままならないくらいツラかったんですけど、どこか『それでこそだ』と思っているところもありました。睡眠がどれだけ取れなかろうが、それがスミに近づくための肥やしになると確信していたので、そこだけを頼りに苦しみまくろうと思っていました」
日に日にひどくなっていったクマもそのまま生かし「えらいことになってます」と苦笑い。俳優デビュー5年目を迎え「確実にこれまで出会った作品の中で群を抜いて苦しんだ作品だと言えるので、体力、気力を費やせていたんだなと実感が湧いてきています」と全霊をささげた。
実際に被爆者の方と話す機会もあっただけに「平和への思いを託された気がしていて、その思いを少しも薄めたくないと思っています。何ができるかわからないですけど、若い方々にとにかく見てほしいです」と願っている。
◇菊池日菜子(きくち・ひなこ)2002年2月3日生まれ。福岡県出身。地元でスカウトされ、20年4月の上京後に大手芸能事務所・アミューズに所属。本格的に活動をスタートした。23年には主人公の娘を演じた映画「月の満ち欠け」で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。放送中の日本テレビ系ドラマ「DOCTOR PRICE」に出演中。高校時代にはハンマー投げで九州大会入賞を果たした。
