上岡龍太郎さん逝く 引退から23年 本当にさよなら 色あせぬ話芸の追憶 81歳、肺がん
「探偵!ナイトスクープ」「鶴瓶・上岡パペポTV」などのテレビ番組で人気を博した元タレントの上岡龍太郎(かみおか・りゅうたろう、本名小林龍太郎=こばやし・りゅうたろう)さんが、5月19日に肺がんと間質性肺炎のため大阪府の病院で死去していたことが2日、分かった。81歳。京都府出身。本人の強い意向で、限られた身内での密葬を行った。お別れの会は固辞したという。2000年3月に引退後はほぼ公の場に現れず、美学を貫いて逝った。
長男の映画監督、小林聖太郎さんは「昨年秋頃、積極的治療の術がなく本人も延命を求めていない、と知らされた」と明かした。関係者によると、10年ほど前からがんと闘病していたという。
上岡さんは弁護士の長男として生まれ、音楽界入りのチャンスを得ようとジャズ喫茶で司会をこなす。浜村淳に憧れたが弟子入りを断られるとその話芸をまねして盗み、落語やロカビリー、演歌の要素を取り込むなど実験的な試みにも挑んだ。
評判を聞いた漫才師の横山ノックさんに「若い人を探してるんで、私と漫才をやりませんか?」と声をかけられ転身。横山パンチを名乗ってノックさん、横山フックと漫画トリオを1960年に結成した。決めゼリフ「パンパカパ~ン!今週のハイライト」からの風刺漫才で、関西のお笑い界を席巻した。
68年に解散するとテレビ番組「ノックは無用!」「ラブアタック」「鶴瓶・上岡パペポTV」などで活躍。88年スタートのABCテレビ「探偵!ナイトスクープ」では初代局長として関西を代表する人気番組に育て上げた。「私が、上岡龍太郎です」のあいさつでも知られ、知的で硬派、毒を含んだ唯一無二の鋭いしゃべりで不動の人気を築き上げた。
99年にはノックさんの大阪府知事辞職を受けてデイリースポーツに知事選出馬を宣言し、大騒動になった。2000年3月には、以前からの予告通りに芸能界を引退した。
その後はほぼ公の場に現れなくなったが、06年に落語家・桂ざこばの出版記念パーティーに出席。デイリースポーツの単独取材に「これからは、プロのタレントとしてステージに立つことは、絶対にありません」ときっぱり。「僕はこれからプロの客を目指します。タレントとしての上岡龍太郎は、もういないんです」と言い切った。
その言葉通り、その後はノックさん、立川談志さん、桂米朝さん、弟子だったテントさんの葬儀や、桂雀々らの出版記念パーティーに出席したのみ。取材に応じても「〇〇さんの知人・上岡龍太郎」という立場を貫いた。
聖太郎さんは「とにかく矛盾の塊のような人でした。本心を窺い知ることは死ぬまでついに叶わなかったような気もします」と振り返り、「弱みを見せず格好つけて口先三寸……。運と縁に恵まれて勝ち逃げできた幸せな人生だったと思います」と、希代の笑芸人の人生を総括した。
◆上岡龍太郎(かみおか・りゅうたろう)本名小林龍太郎(こばやし・りゅうたろう)。1942年3月20日生まれ、京都府出身。60年、横山パンチの芸名で横山ノック、横山フックと漫才トリオ「漫画トリオ」を結成しデビュー。68年の解散後は、「鶴瓶・上岡パペポTV」(87~98年)、「探偵!ナイトスクープ」(88~00年)などで人気を博した。00年3月、「芸能生活40周年で隠居する」との公言通りに引退。映画監督・小林聖太郎は長男。お笑いコンビ・ミキは甥(おい)。
