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中村泰士さん逝く 最後の歌唱は「喝采」5日大阪でライブ 肝臓がん、81歳

 ヒット曲「喝采」「北酒場」の作曲などを手掛けた、作詞作曲家の中村泰士(なかむら・たいじ、本名・泰士=たいし)さんが20日午後11時50分、肝臓がんのため大阪市内の病院で死去していたことが24日、分かった。81歳。奈良県出身。葬儀・告別式は同日、身内のみで大阪市内で執り行われた。中村さんは10月上旬、肝臓に腫瘍があることが判明。抗がん剤治療を受け、一時は快方に向かっていたが、今月に入って再び体調が悪化していた。後日、大阪市内でお別れの会を開く予定。

 昭和の歌謡史を彩った大作曲家がまた1人、静かにこの世を去っていた。

 中村さんは9月末に体調不良を訴え、10月の検査で肝臓がんが判明し入院。退院後の同月末から抗がん剤治療を受けながらステージに立った。今月5日には、大阪港からのクルーズ船内でライブを披露。アンコール曲の「喝采」が中村さんの最後の歌唱となった。ライブ後に再度入院し、亡くなる2日前まで会話ができていたが、その後体調が急変。帰らぬ人となった。

 中村さんは1957年に歌手デビュー後、楽曲制作を中心に活動するようになり、昭和の歌謡界でヒットメーカーとして活躍。ちあきなおみ「喝采」が72年、細川たかし「北酒場」が82年の日本レコード大賞をそれぞれ受賞した。

 だが、晩年も「ライバルはあいみょん」と公言するなど、「今を生きるシンガーソングライターとして活動したい」との思いが強かった。昨年は4曲、今年も7曲の新曲を制作。闘病中の11月初旬に、計11曲をレコーディングした。

 この日は中村さんが生前行き付けだった大阪市内のバーで、約17年間マネジャーを務めた所属事務所代表の神田幸氏と、約30年間音楽活動を共にしたアレンジャーのかせだあきひろ氏が会見。神田氏は「音楽の話ばかりで、一度も弱音を吐いたことがない。前向きな人でした」と闘病中の様子を明かした。

 中村さんはキリスト教徒だったため、葬儀はクリスマスイブに実施。棺には、愛用したギターと、何も書かれていない楽譜とペンが納められた。遺骨の横には、中村さんがこよなく愛したウイスキー「グレンモーレンジ18年」のボトル。大好きなものに囲まれながら、多くの友が待つ天国へと旅立った。

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