見出しが躍ることを喜んだ昭和の映画屋…石原プロ解散に元担当記者が惜別

 昭和の大スター・石原裕次郎さんが1963年に設立した「石原プロモーション」が17日、来年1月16日をもって解散することを発表した。業務を版権管理事業に縮小し、渡哲也(78)、舘ひろし(70)ら所属俳優のマネジメントは終了する。裕次郎さんの34回目の命日にあたるこの日、妻で同プロの会長を務める石原まき子さん(86)が、裕次郎さんの「遺言」を果たす経緯を関係各所に書面で報告した。「石原プロ」は58年の歴史に幕を下ろす。

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 「石原プロ解散」。文字にすると一抹の寂しさはあるが、驚きはなかった。「映画館で上映する」ことにこだわっていた映画「黒部の太陽」などが2013年にDVD化された時点で「いつかはそういう時が来るんだろう」と感じていた。

 記者として取材をした石原プロは、世間のイメージ通り豪快で、破天荒。爆破シーンの現場は残念ながら経験できなかったが、旧国立競技場に寺を建てるという、常識外れの実行力は目の当たりにした。災害現場での炊き出しに同行したこともある。音楽や映画などの版権は管理会社に引き継がれるが、あの巨大鍋の行く末は少し気になるところだ。

 取材現場では、陣頭指揮を執っていた元専務の小林正彦さん(16年死去)の怒濤(どとう)の勢いに巻き込まれるように記事を書いたこともあった。ありがたかったのは俳優も含めて事務所の人々が「見出しが躍る」ことを喜んでいたこと。神田正輝の熱愛を舘ひろしがいじって、火に油を注いだ時などは典型的で、こっちが「おいおい」と突っ込みたくなった。毎年正月にはマスコミを集めて事務所開きを行うなど、記者との距離が近い会社でもあった。

 記事を喜ぶのも、記者の訪問を歓迎するのも、裕次郎さんが現役で、記者が撮影現場をウロウロしていた昭和の映画製作の雰囲気をそのまま引き継いでいたから。昭和・平成が終わり、令和となった今、記者がフラッと訪れて喜ばれる場所はそうそうない。「映画屋」の空気を感じることができたのは記者としては貴重な経験で感謝の気持ちは尽きないが、そういう意味では「解散」は必然だったのだろう。

 事務所開きの際にいつも言っていた「今年こそは映画を作って…」が実現しなかったことだけが残念でならない。(デイリースポーツ元石原プロ担当・澤田英延)

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