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ヒットメーカー林哲司が45周年ライブ(前)埋もれた自作と向き合う「自己温故知新」

 1980年代を代表するヒットメーカーで、シンガー・ソングライター(SSW)の林哲司(70)が11月7、8日に東京・よみうり大手町ホールで作曲家45周年記念ライブ「SONG FILE SPECIAL」を開催する。“Jポップを作った男”が、古希を迎えてなおも新たなエンターテインメントを目指す心境を明かすインタビュー、その前編。

  ◇  ◇

 林は70年代末から竹内まりや「September」、松原みき「真夜中のドア」、杏里「悲しみがとまらない」、中森明菜「北ウイング」、上田正樹「悲しい色やね」、原田知世「天国にいちばん近い島」、稲垣潤一「思い出のビーチクラブ」、菊池桃子や杉山清貴&オメガトライブの一連の作品など、多くのヒット曲、名曲を世に送ってきた。洋楽の素養と日本人の感性を巧みに融合させた彼の作品群は、日本の歌謡曲がJポップに変貌する上で大きな役割を果たした。

 「当時、エポックメイキング的と言われたのは、自分の作品が新しいリスナーの耳にとってターニングポイントだったからという気がするし、それから少しずつ音楽の流れも変わっていった気がする。仲間も含めて、今までの主流の音楽じゃない、違うものを作りたいという意識は、音楽指向があった人は誰もが持っていた」と往時を振り返る。

 レコーディングして形となった楽曲は約2000曲、未発表曲も入れると作った楽曲は5~6000曲に上るという。また、SSWとして70~90年代に発表した5枚のアルバムはシティ・ポップの名盤として再評価が定まり、CDで復刻されている。11月3日の第5回「レコードの日」では、「哀しみのmemory」と「Loving in the rain」のアナログシングルが復刻される。

 昨年7月、林は「SONG FILE」というライブシリーズを立ち上げた。「自分の作品をベースにしたライブパフォーマンスを続けていこう」と考えてのものだ。きっかけは、2017年末の入院生活だった。

 「自分の生命について顧みますから、何が一番大事なのか考えた時、今後のことを考えた時、音楽家として何をやったらいいのか、おのずと明確に答えを出していた。やりたいことはまだいっぱいありますし、SONG  FILEのライブを行うことによって、自己温故知新っていうものがあるんだと。他人から教えられるのではなく、自分の中に、若い時、こんなに思い切った曲の構成ができていて、メロディーが鮮やかだとか発見したりする、それが今の自分を刺激したりとか。技術的に大したことがなくても、思い切りの良さを発見したりする」

 敬愛する元ビートルズのポール・マッカートニー(77)が、今もライブを続ける理由として、一つはファンのため、もう一つは過去の自分の作品を振り返るためと述べていたことにも触発された。

 「自分の代表曲って、書いてきた作品のほんの1パーセントにすぎない。埋もれてしまっていた曲ときちっと向き合うと、中にはすごく気に入っている作品もあったりして、手間をかけて作ったにもかかわらずその時で止まってしまっている後悔もあって、もう一回振り返ってみようというきっかけになった」(続く)

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