皇后雅子さま、新たな強い絆 夫婦で苦楽分かち合い、二人三脚で乗り越え26年

 赤坂御用地を出て皇居に向かわれる皇后さま=東京・元赤坂
 赤坂御所を出て皇居に向かう愛子さま=東京・元赤坂
 皇居を後にされた秋篠宮家の長女眞子さまと次女佳子さま=東京都千代田区
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 天皇陛下は1日午前、皇居・宮殿「松の間」で皇位継承の重要儀式「即位後朝見(ちょうけん)の儀」に臨んだ。皇后雅子さまは、上皇后美智子さまから受け継いだティアラを着けて「即位後朝見の儀」に天皇陛下とともに参列。天皇、皇后両陛下の新たな二人三脚が始まった。陛下が皇后さまに「全力で守る」と誓ったプロポーズに始まり、長女愛子さまの誕生、小学校での一時不登校、皇后さまの適応障害による長期療養や、それを受けて陛下が皇后さまの立場を思いやる発言をするなど、これまで夫婦で苦楽を分かち合い、乗り越えられてきた。強い絆で歩む姿が今後も見られそうだ。

 天皇、皇后両陛下は昨年6月、結婚25年の銀婚式を迎えられた。「一生、全力でお守りします」。そのプロポーズの言葉通り、天皇陛下は皇后さまを守り、支え合って困難に立ち向かってきた。

 出会いは86年10月、当時の東宮御所で開かれたスペインのエレナ王女の歓迎会だった。

 友人を交えた交際がひそかに始まったが、祖父が水俣病を起こしたチッソの社長だったことが問題視され、交際は中断。外務省に入省後、皇后さまは88年から約2年間の英国留学へ旅立った。

 陛下の希望で92年8月に再会し、同年10月に千葉県の宮内庁新浜鴨場でプロポーズ。皇后さまは2カ月後、承諾の返事をした。

 婚約成立後、陛下と共に会見に臨んだ皇后さまは、外務省を辞めて皇室に入ることに悩んでいる時、陛下から「僕が一生全力でお守りしますから」と伝えられたと明かした。

 93年6月、結婚した2人は皇居から約4キロの道のりをパレード。沿道では約19万人が祝福した。

 8年半後の2001年12月、長女愛子さまが誕生した。2年前に流産を経験した皇后さまは出産後の会見で「ありがとうという気持ちでいっぱい」と涙ぐみ、陛下がその背にそっと手を添えた。

 ただ、「お世継ぎ」を求める重圧は消えず、皇后さまは03年12月から「心身の不調」で療養生活に。宮内庁はその後、「適応障害」と公表した。

 公務を休むことへの批判が高まる中、陛下は翌04年5月の会見で「(皇后さまの)キャリアや人格を否定する動きがあった」と異例の発言。皇后さまを守るための言葉だった。

 それから15年、皇后さまの療養は今も続くが、ここ数年は着実な回復を見せている。天皇陛下の支えもあり、公務に臨む機会は確実に増え、明るい表情からは自信を深める様子がうかがえる。

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