萩原健一さん死す “永遠の不良”早すぎる68歳「最期は穏やか」11年から闘病
グループサウンズのザ・テンプターズのボーカリストとして活躍し、ドラマ「傷だらけの天使」「太陽にほえろ!」などで人気を博した俳優の萩原健一(はぎわら・けんいち、本名敬三=けいぞう)さんが、26日に消化管間質腫瘍(GIST)のため、都内の病院で亡くなっていたことが28日、分かった。68歳だった。所属事務所が発表した。故人の遺志に従い、葬儀は家族のみで営まれ、遺体は27日に荼毘(だび)に付された。萩原さんは2011年から闘病していたが、このほど容体が急変。タレントの萩原リカこと理加夫人(56)にみとられ、息を引き取ったという。
アウトローな生き方と圧倒的な演技力で、“反逆のカリスマ”として人気を誇った萩原さんが、人知れぬ病との闘いに力尽きた。
11年は、理加夫人と自身4度目となる結婚をした年。「彼女と結婚して本当に人生が変わった」と明言していたが、皮肉にもその年から病魔との闘いが始まっていた。事務所関係者によると、萩原さんは同年に手術し、成功して退院。強い希望で闘病の事実と病名公表を控えながら、元気に過ごしていた。
だが、今月20日ごろに体調を崩し、都内の病院で診察を受けた。25日に再び来院するよう指示されたが、その当日に都内の自宅で倒れて救急搬送され、そのまま帰らぬ人となった。俳優としての最後の仕事は、昨年9~10月放送のNHKドラマ「不惑のスクラム」。死の直前まで役者魂を燃やしていたという。
萩原さんは1967年、「ザ・テンプターズ」のボーカリストとして、16歳でデビュー。「ショーケン」の愛称でスターダムに乗った。“永遠の不良”と呼ばれ、時には周囲と激しくぶつかり合いながら、嵐のように生き抜いた。
私生活でも、破天荒な人生だった。1980年に女優・いしだあゆみ(71)と事実婚状態となり、84年には離別。他にも2度の結婚、離婚を繰り返した。83年には大麻取締法違反(所持)で、84年には飲酒運転で人身事故を起こし、04年10月にも人身事故を起こして逮捕された。05年には降板した主演映画の出演料を巡り、恐喝未遂容疑でまたもや逮捕。同6月に懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決を受け、事実上活動を休止した。
08年に活動を再開。11年2月に事実婚を含む4度目の結婚した以降は、「家内に会った瞬間から、全ての過去は忘れました」と発言。物腰も柔らかくなり、あちこちで「丸くなった」と言われるようになった。
萩原さんの最期を看取った理加夫人は、所属事務所を通じコメントを発表。「最期は、とても穏やかで安らかに、ゆっくりゆっくり、眠る様に息をひきとりました」と明かした。ひどく憔悴しているといい、「今はまだ、心の整理がついておりませんので、皆様、どうかご理解頂けると幸いと存じます」と悲しみをうかがわせた。
