松山英樹 日本人初挑戦から89年ついに歴史の扉開いた AONの無念晴らす頂

 「米男子ゴルフ・マスターズ・最終日」(11日、オーガスタ・ナショナルGC=パー72)

 1934年に創設されたマスターズ。男子ゴルフのメジャー4大会のうち、毎年、同じコースで開催される唯一のメジャーに挑み続けた多くの日本のゴルファーたちが、優勝者に与えられる「グリーンジャケット」の高くて厚い壁にはね返されてきた。青木功、尾崎将司、中嶋常幸の“AON”も届かなかったメジャー制覇。宮本留吉の初挑戦から89年、ついに松山英樹が負の歴史に終止符を打った。

 1932年6月、宮本が既に第67回を数えていた全英オープンに日本人として初めて出場した。宮本は同年の全米オープンにも臨んだが、どちらも予選落ち。初の予選通過は35年全米オープンの中村兼吉で、58位だった。

 その後、尾崎が73年マスターズで8位、鈴木規夫が76年全英オープンで10位に入った。80年には青木が大躍進した。全米オープンで“帝王”ジャック・ニクラウスと激闘の末に2位となり、国内外に存在感を示した。

 現在、日本ゴルフツアー機構(JGTO)会長を務める青木は「私だけでなく、日本全国のゴルフファンや関係者が待ち望んだ瞬間でした。われわれには計り知ることのできない、血のにじむような努力を積み重ねてきたことと思います」と称賛。「特にゴルフ界の将来を担う子供たちに大きな夢を与えてくれた」と喜んだ。

 尾崎、青木らと同時期には倉本昌弘が82年全英オープンで4位、中嶋も88年全米プロ選手権で3位と栄冠を追い求めた。この日、テレビ解説中に男泣きした中嶋は、グリーンジャケット姿の松山と中継で結ばれると「おめでとう、英樹」と祝福し、「めちゃ、似合ってる。日本に戻ったら一度、袖を通させてくれ」と呼び掛けていた。

 さらに次の世代では2001年マスターズで伊沢利光が4位、丸山茂樹が02年全英オープンでプレーオフ進出に1打及ばない5位と健闘したが、勝利は遠かった。先人たちの無念を松山が見事に晴らした。

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