安青錦 史上初の1場所で大関復帰&V 足の痛み押してともえ戦で熱海富士&霧島に気迫連勝「自分は1回上がって終わる人間じゃない」

 大杯を手にする安青錦(中央)。右は手を添える安治川親方=撮影・佐々木彰尚
 八角理事長(手前)から賜杯を受け取る安青錦
 ともえ戦で霧島(左)を破り3度目の優勝を決めた安青錦
3枚

 「大相撲名古屋場所・千秋楽」(26日、IGアリーナ)

 関脇安青錦が史上初めて、1場所での大関復帰と優勝を同時に達成した。本割で関脇熱海富士に押し出されて12勝3敗で並ばれたが、優勝決定ともえ戦で熱海富士、大関霧島を連破。左足のケガを乗り越え、3場所ぶり3度目の賜杯を抱いた。4度目の技能賞も獲得し、秋場所(9月13日初日、東京・両国国技館)では再び横綱を目指す戦いに臨む。霧島は再び綱とりに挑み、熱海富士は大関とりに初挑戦する。

 クールな男が土俵でほえた。安青錦は優勝の勝ち名乗りを受ける直前、感情の高ぶりを抑えられなかった。崖っぷちからの賜杯。大関復帰ではなく優勝を目指す-。大関陥落後に師弟で立てた目標を達成した。

 「初優勝くらいにうれしい。(心と体)どっちも大変でした。自分は1回上がって終わる人間じゃない、という思いが強かった。しっかり頑張りました」

 その力はどこに残っていたのか。本割で熱海富士に一方的に押し出されて臨んだともえ戦。霧島を破って優勝に王手をかけた熱海富士に、頭を付け左前みつを引いて食らいついた。出し投げでぐらつかせ、もろ差しとして寄り切った。霧島には左下手を引いて食らいつき、左の外掛けで崩して前に。最後は右で渡し込みながら寄り切った。

 過去6人、7例しかなかった大関への特例復帰。10勝が必要な中、4日目に初黒星を喫しても「いい勉強になった」と心は落ち着いていた。不安を抱えていた左足首、8日目の取組で親指も負傷。大きく腫れた左足を引きずりながら戦った。

 八角理事長(元横綱北勝海)は「満身創痍(そうい)で気持ちしかない」とうなり、有言実行の優勝に「なかなか言ってできるものじゃない。大したものだ」と称賛した。

 6月のパリ公演では、戦禍のウクライナからドイツに移り住んだ両親を招いた。現地で一緒に観光し、最新のスマートフォンを贈った。以前の機種は、2021年欧州選手権の優勝賞金で購入。「両親はうれしくて長年使いたかったのでは。もっといいプレゼントができたら」と語り「これも相撲のおかげ。相撲に恩返ししたい」と語っていた。

 その気持ちは、表彰式の国歌斉唱で表れた。「君が代」をしっかり口ずさんだ。初優勝の昨年九州場所ではたどたどしく「おかみさんとずっと練習していた。もっとうまく歌えるようになる」と胸を張った。幕内の取組開始が約50分遅れ、優勝が決まったのは午後6時10分。花道でまげを整え、汗がひかないままでしっかり歌った。

 秋場所は大関として、再び横綱を目指す戦いが始まる。苦しみ抜いた優勝。「これはしないといけない経験だった。経験した方がさらに強くなれる」。不屈の22歳は力強く言い切った。

 ◆安青錦新大(あおにしき・あらた=本名・ダニーロ・ヤブグシシン)2004年3月23日、ウクライナ・ビンニツァ市出身。ロシアのウクライナ侵攻後、22年4月に来日。22年12月に安治川部屋に入門した。23年秋場所で初土俵。24年九州場所新十両。25年春場所新入幕。新関脇の同年九州場所で初優勝し大関昇進。26年初場所で新大関優勝。同年夏場所に関脇に番付を落とした。優勝3回。殊勲賞1回、敢闘賞2回、技能賞4回。金星1個。得意は右四つ、寄り。しこ名の由来は師匠の安治川親方(元関脇安美錦)のしこ名から「安」、ウクライナの国旗と瞳の色から「青」。下の名は角界入りの恩人である山中新大さん(現関大職員)から。182センチ、142キロ。

編集者のオススメ記事

スポーツ最新ニュース

もっとみる

    主要ニュース

    ランキング(スポーツ)

    話題の写真ランキング

    写真

    リアルタイムランキング

    注目トピックス