異例の遅すぎ外国人ペースメーカー問題 大嶋RD「想定と違う展開だったのは事実」前半からペースアップ指示も風影響で上がりきらず 選手は指摘「やっぱりちゃかちゃか」
「東京マラソン」(1日、東京都庁~東京駅前)
28年ロサンゼルス五輪と、9月開幕の名古屋アジア大会の代表選考会を兼ねた大会として行われ、外国人ペースメーカーが第1集団の設定タイムより大きく遅れる波乱の展開となった。
主催者である東京マラソン財団のレースディレクターを務めた大嶋康弘氏は、バイクに乗車して並走しながらペースアップを促していたという。「風が強かった。前半は入りが遅く上げる指示を出して、2分57~58に下がった場面でも『巻き返しましょう』という指示を出した」。一時は1キロ、2分53~54秒のペースには戻ったが、維持は難しかった。
「いわゆる第2集団の外国人選手の集団が落ち着いて、(ペースが)なじんでいる状況だったので、そのあとは上げろという指示はしなかった」と明かし、途中からはペースアップの指示はしなかった。「私もバイクに乗っていて選手と同じスピードで走ったが、横から、斜め向かいからと、風が強く感じた。ビルのせいだと思うが、追い風と思うところが向かい風を感じた所もあった」と説明した。
レースは2キロ過ぎから日本人ペースメーカーの中村大聖(ヤクルト)とそれに付いた一般参加の橋本龍一(プレス工業)が飛び出す展開となり、2時間2分切りのペース設定の外国人ペースメーカーが遅れ、招待選手の海外ランナーもそれに付く形となり、第2集団を形成。10キロで中村が外れ、橋本の一人旅状態になり、27キロ手前まで先頭を走り続けた。
男子のペースメーカーは3段階の設定となっており、2時間2分を切る国内最高ペース(2分53秒~54秒)、2時間3分台の日本記録ペース(2分56秒~57秒)、2時間5分台のMGC参加標準ペース(2分58秒~59秒)だったが、大きく乱れる展開となった。
レース後、レース後、優勝したタデセ・タケレ(エチオピア)は「グループの中で自重して走ってかとうと思っていた。ペースが遅かったとしてもあとで取り戻せると思っていた。ペースは設定よりも遅かったが、風があったからだと思う」と語った。日本人2番手の13位でゴールした鈴木健吾(横浜市陸協)は自身は冷静に第3集団からレースを進めたが「やっぱりちゃかちゃかしてた」と苦笑い。「大阪とか他の大会はあんまり分からないですけど、東京は割とペースメーカーも世界の人が多いので、ペースもそこまで安定するわけではないっていうことが分かっていた」と指摘した。




