【五輪コラム】マイルハイのばかやろう 息も絶え絶え中年記者
いきなりバスを乗り間違えた。40歳にして初めて経験する海外での国際大会。緊張のためか出国1週間ほど前からおなかの調子が悪く、何度もトイレに駆け込んだ。なんとか入国を果たし、スキー、スノーボードなどが行われる河北省の張家口地域に入ったのが今月2日。翌3日、勇を鼓してメディア専用バスに乗り込んだ。
目的地はメディアセンター、つまり報道陣用の一大ワーキング施設だった。しかし、降ろされた場所にはなぜか巨大なジャンプ台がそびえ立っていた。「これが北京のジャンプ台か…」。感慨に浸っている場合ではない。続いてこみ上げた「バスもろくに乗れないのか!」との自身へのののしりもぐっとのみ込んだ。とにかく目的地へのバスを探さなければ。
停留所の案内板を必死に読み込んでいると「ここはどこなんだろうね?」と力のない小さな英語の声が聞こえてきた。同じ年頃とおぼしき白人男性記者も道に迷ったようで、不安そうな表情は、私の顔を鏡に映したようだった。
「友よ…」。思わず手を取りたくなった。でもこれもこらえた。何度か係員に道を尋ね、走り、立て看板を何度も確認してバスに乗り込んだ。シートに腰を下ろすと完全に息が上がり、あまりの苦しさにあえいだ。
この中年記者、どうせ運動不足なんだろうとは思わないでほしい。ここはいわゆる「マイルハイ」、つまり標高1600メートル前後の場所なのだ。
変な言い方になってしまうが、長くスポーツに関わってきた私は、この「マイルハイ」にちょっとした憧れを抱いていた。一つには打球がものすごく飛ぶと言われる米大リーグ、コロラド・ロッキーズの本拠地がちょうどこれぐらいの標高。そして、高橋尚子さんら多くのマラソンランナーが高地合宿を行った米コロラド州ボルダーも同じぐらいだと言われる。何より言葉の響きがちょっと好き。だからこの標高の体感は、今回の楽しみの一つだった。
しかし、「マイルハイ」は優しい友達ではなかった。例えばフリースタイルスキーのモーグル会場。選手に話を聞くミックスゾーンは競技者が滑り降りてきたすぐ先にあり、原稿を執筆する記者室はスタート地点の方向。つまり、斜面の上の方にあり、記事を書くためには高低差100メートル以上(と感じる)階段を上る必要がある。
夜の競技では、締め切り時間の関係で話を聞いては書き、聞いては書くことを繰り返すため、1晩で4往復することも。こうなればもう立派な高地トレーニングだ。胸をぎゅっと締め付けられるような苦しさ、血の味のような味覚を感じながら、私は「マイルハイのばかやろう!」と叫ぶ。心の中で。息が詰まって、声が出ないのだ。
スキー距離と射撃を合わせたバイアスロンの日本代表は、この地での本番に向け、昨年秋に欧州の同じぐらいの標高で合宿し、中国入りする直前にも同様の調整を行った。それでもチーム関係者は「選手たちはやはり苦しそうだ」と言う。一緒にするなと怒られそうだが、私が苦しむのも当然だ。
バイアスロンの関係者からはもう一つ、興味深い話を聞いた。スキーで走る合間に射撃に入るので、当然、心拍数が高いままで的に向き合うことになる。でも息が上がっていると当然当たらないので、少し落ち着けたい。だがタイムを競う以上は早く撃たなければならず、その見極めが非常に難しいのだそうだ。
取材を終えた私は、銃を構える選手の気持ちでパソコンと向き合う。早く。でも落ち着け。急げ。でも高ぶるな。そうだ。書ける。書いた。送った。さあ、次の会場へ移動だ。走る。バスへ。もう間違わない。バイアスロンの選手みたいだ。かっこいいじゃないか。あんなに緊張していたのに、すごいぞ、俺。
電話だ。デスクからだ。「はい。え、あ、はい。間違ってましたか。はい。申し訳ありません…」。ばかやろう。マイルハイの、大ばかやろう。(共同通信・辻圭太郎)





