星野さんの下で野球したかった…

 正月明けの先週末、「楽天・星野仙一球団副会長が亡くなっていた」という衝撃的なニュースに接した。昨年末に殿堂入りを記念するパーティーなどが開かれ、テレビニュースを見る限りでは元気そうなお顔を見せてくれていたのに…。自分は直接お話する機会はなかったが、70歳という早すぎる逝去は残念でならない。

 星野さんが中日、阪神の監督をしていた当時、対戦相手のベンチからそのお姿を見てきた。選手交代や審判への抗議でグラウンドに出てこられた時は、自分に関係がないのに緊張したもの。厳しく、険しい表情でにらまれでもしたら、一瞬のうちに凍り付いただろう。現役時代は“燃える男”としてならし、監督になってからは“闘将”としてチームをグイグイ引っ張った。「戦う男」というのが自分の印象だった。

 選手には厳しい監督だったようだが、反面、活躍した選手には抱きついて感情をあらわにするなど、ならではの優しさも見せていた。選手夫人の誕生日には花束を贈っていたと聞く。2002年にFAで広島から移籍した阪神・金本監督は「星野さんがいなかったら阪神には行かなかった」と話されていたが、その金本さんを兄のように慕い、07年オフにFA移籍した新井も当時SD(オーナー付シニアディレクター)だった星野さんの影響が大きかったと思う。

 中日、阪神、そして楽天という3球団の監督を務めた星野さんと広島のつながりはそんなにない。しかし、カープ元監督・山本浩二さんとの交友から、市内の古い飲食店には田淵幸一さんを含めた若かりし頃の写真が飾ってあったりして、個人的にはなじみがある。もし、カープの監督で自分が選手だったら粉骨砕身の思いで働いたに違いない。あの方の下で、一度野球がしたかった。

 今のプロ野球界には、星野さんのように闘争心をむき出しにする選手はほぼいないし、監督もいない。カープ投手陣の中にもそんな熱い選手が出てきてほしい。それはともかく、心よりご冥福をお祈り申し上げたい。そして、日本のプロ野球界を見守り下さい-と当欄を借りて言わせていただきたい。

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