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壮絶だった「高橋由伸争奪戦」 逆指名制度ドラフト、ある球団は…

ドラフトの目玉だった慶大時代の高橋由伸
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 現在、巨人で監督として指揮を執る高橋由伸は、東京六大学野球史上に残るスラッガーの一人だ。大学時代に記録した通算23本塁打は現在も破られない通算最多本塁打。元阪神の菊地敏幸スカウトは、25年間のスカウト生活の中でも三拍子そろったナンバーワン野手だったと明かした。

  ◇  ◇

 当時の慶大の高橋は、私の中では法大の田淵、明大の広沢に次ぐ、長距離を打てる野手というイメージでした。打撃だけでなく、守備、走塁を含む三拍子を備えた選手としては、間違いなく過去ナンバーワンだったと思います。

 桐蔭学園時代から注目はしていました。体の線は細いながら飛距離が出る選手でしたが、早々と進学が決まっていたため、それほど密着はしていませんでした。大学に入ると、1年生から活躍を見せていました。印象に残っているのは慶大での練習中でのことです。右翼方向には高橋の打球が周辺の住宅街に飛び出さないように高さ15メートルの「由伸ネット」が張られていたのですが、マスコットバットでガンガン、そのネットに突き刺していました。飛距離は120メートルくらいだったでしょうか。すごいスイングではなく、軽いスイングで飛ばす姿を見て「これはプロに入ってすぐにクリーンアップで打てる」と感じました。

 阪神としても獲得を目指していました。その年の目玉は、高橋と明大の川上。川上は、当時明大の先輩でもある星野さんが中日の監督だったこともあって中日入りが確実な状況。そのため多くの球団が高橋獲得に動きました。ただこの時は逆指名制度の時代で、契約金が高騰していました。1億5000万円というのは標準額で、上限がないというのが現実でした。早い段階である球団からは「3億円出す」という話も聞こえていました。

 担当だった私も大学時代の成績など書類を球団に提出したり、見た目もカッコイイし、プロを代表する選手になると言いました。当時の編成部長だった末永さんからは「(お金の)問題はない」という返事をもらいました。他球団も必死で壮絶な争奪戦が行われた中、阪神も裏ではあるルートを使って両親と親しい関係者に接触していました。その人からはいい報告が入っていたようですが、当時の慶大・後藤監督から「本人は関東圏でやりたがっています」という話を聞いていたので厳しいことは分かっていました。

 結局秋季リーグ戦前に「関東圏以外には行きません」と断られましたが、私としては仕方がないという感じでした。ただ、高橋がプロで残した結果には物足りないというのが実感です。打率3割、30本塁打、30盗塁の「トリプルスリー」を何度もできる選手だと思っていましたので。特に盗塁に関しては、巨人に入ったことで難しくなってしまったのが残念です。もし違う球団に入っていれば…。そんなことを想像してしまう素質の選手でした。

 ◆菊地敏幸(きくち・としゆき)1950年生まれ。法政二から芝浦工大を経てリッカー。ポジションは捕手。89年にスカウトして阪神入団。藪、井川、鳥谷らを担当。13年限りで退団した。今年から「AbemaTV」で東京六大学野球リーグの解説を担当。

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