渡辺元智さんお別れの会 球界から1500人出席 村田監督が弔辞で渡辺イズム継承誓う「また横浜高校を作っていく」
横浜高校の監督として甲子園で春夏5度の優勝に導き、8月17日に81歳で亡くなった渡辺元智さんのお別れの会が14日、横浜市内で行われた。DeNA・筒香嘉智内野手(34)や中日・涌井秀章投手(40)らOBや野球関係者1500人が出席。教え子の元ロッテ・愛甲猛氏(64)、ソフトバンク・近藤健介外野手(33)が恩師への思いを語ったほか、後継者の村田浩明監督(40)が弔辞を読み、尽きることのない感謝を言葉にした。
あまた輩出した教え子一人一人にとって、渡辺さんは人生の師だった。
エースとして1980年夏の甲子園を制し、母校に初めて深紅の大優勝旗をもたらした愛甲氏は、濃密だった高校時代をしみじみと振り返った。「僕が一番迷惑を掛けたと思う。監督さんがいなかったら、今ここで取材を受けられるような立場ではなかった」
やんちゃだった当時、怒りもあらわにグラブを投げたことがあったという。「3年間で1度だけ本気で怒られて」。渡辺さんに掛けられた言葉は「我慢しろ」だった。「その教えのおかげでプロに入ってからも我慢して我慢して、何とかレギュラーをつかんだ」。ロマンスグレーの似合う年齢となった今も、教えとメッセージを胸に刻む。
球界を代表する打者となった近藤は「横浜高校に入っていなかったら今こうなっていない。人として成長させてもらった」と感謝。渡辺さんの言葉「目標がその日その日を支配する」が、今も自らの源泉だと明かした。
現在野球部を率いる村田監督は、弔辞で恩師との秘話を明かした。24年夏、神奈川大会決勝で東海大相模に敗れ甲子園を逃すと、渡辺さんから「村田、出処進退を書け」と叱責(しっせき)されたという。「本気の目で怒られた。『横浜高校はそんなに甘くないんだ。絶対に勝たなきゃいけない、村田とやりたいと入ってきた子たちなんだから』と」
その出来事が、村田監督を奮い立たせた。「渡辺監督を超えていくというより、継承して、また横浜高校を作っていく。その先に未来がつながっていく」と天国に誓った。
