張本勲さん急死 球界「喝!」入れ続けたご意見番 NPB最多3085安打「安打製造機」異名 引退後は解説者として活躍

 プロ野球歴代最多の通算3085安打を放ち「安打製造機」の異名を取り、引退後は解説者として活躍し「球界のご意見番」として人気を集めた張本勲(はりもと・いさお)さんが9日、東京都の病院で死去した。86歳。広島市出身。10日、日本プロ野球名球会が発表した。1カ月前にはテレビ出演をしていたが、急な旅立ちとなった。

 歯に衣(きぬ)着せぬ物言いで広く親しまれた張本さんが、この世を去った。関係者によると、9日午後3時20分ごろに119番があり、東京都大田区の自宅近くの路上に止めた自家用車の運転席で見つかった。その後、病院に搬送されて死亡が確認された。事件、事故ではないとみられる。

 名球会は公式サイトで死去を伝え「史上初となる通算3千安打の偉業を達成し、日本のプロ野球史に不滅の足跡を刻まれました」と功績をたたえた。

 大阪・浪華商高から1959年、東映(現日本ハム)に入団。4歳の時のやけどが原因で右手が不自由だったが、天才的なセンスと猛練習で克服し、1年目から中軸を任されて新人王。61年は初の首位打者、62年は球団初のパ・リーグ優勝に大きく貢献して最高殊勲選手(MVP)に選ばれた。

 67年から4年連続で首位打者。巨人へ移籍した76年から2年連続のセ・リーグ制覇を支えた。ロッテに移った80年の5月にはプロ野球唯一の通算3千安打を達成した。

 81年で現役引退。23年間で打率3割以上を16度マーク。首位打者7度はオリックス時代のイチロー氏と並んでプロ野球最多。ベストナインは外野手で最多の16度。90年に野球殿堂入りした。

 在日コリアン2世で、日韓野球界の橋渡し役も担った。TBS系情報番組「サンデーモーニング」では選手のプレーなどを「喝」「あっぱれ」と評しておなじみに。21年12月に同番組を卒業し、公の場に姿を見せる機会は減ったが、今年7月27日に東京ドームで行われた「サントリードリームマッチ」に出場。代打で登場し大歓声を浴びた。投手の上原浩治氏が投じた1球目がボールになると、自ら打席を離れてベンチへと下がった。8月2日の「サンモニ」では「スペシャルご意見番」として出演。阪神・佐藤輝明内野手の三冠王の可能性について「80%くらいあるんじゃないでしょうか」と予想していた。

 数々の発言で誤解を招くこともあったが、律義な性格で仲間思い。王氏との思い出を問われると「一緒に夜遅くまでバットを振ったし(本塁打)世界記録を見た時はたまたまあの人が3番で、俺が4番。ポンッと打ったから飛び上がりましたよ。ライバルでもあるし、友達でもあるから嬉しかった」と目尻を下げた。

 5歳のときに広島の原爆で姉を亡くし、自身も被爆者健康手帳を持っていた。60歳ごろから被爆体験を後世に伝えるため、積極的に語り続けた。

 ◆張本 勲(はりもと・いさお)1940年6月19日生まれ、広島市出身。現役時代は左投げ左打ちの外野手。大阪・浪商から59年に東映入団。ルーキーイヤーだった同年から中軸として活躍して新人王。62年に球団初のパ・リーグ優勝に貢献してMVP。76年に巨人へ移籍してから2年連続でセ・リーグ優勝に貢献。ロッテ移籍の80年にプロ野球史上初となる3000安打達成。81年現役引退。獲得タイトルは首位打者7回(61、67~70、72、74年)、最多安打3回(70、72、76年)、最高出塁率9回(62、64、67~70、72~74年)。ベストナインは外野手で歴代最多の16度。プロ通算成績は2752試合で打率・319、504本塁打、1676打点。通算3085安打はNPB記録。90年に野球殿堂入り。

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