西武・栗山巧がミスターレオ礎となった“野球の父” 恩師・牧野栄一さんが闘病中に語っていた言葉
オフに神戸に帰省した西武の栗山巧外野手(42)は、恩師・牧野栄一さん(小寺少年団野球部顧問)の遺影の前で手を合わせ、今年限りでユニホームを脱ぐことを報告した。「わしが死ぬのが早いか、栗山が引退するのが早いか」。昨年3月に82歳で亡くなった牧野さんが闘病中に語っていた言葉が忘れられない。
小学生時代から牧野さんの指導で「自主練」と称し、毎日バットを振った。父・忠人さんは「牧野さんがいなかったら息子はプロに入っていない。牧野さんが“野球の父”です」と話す。それほど大きな存在だった。
忠人さんは、こんな言葉も口にした。「息子は人に恵まれているんです」。牧野さんに始まり、プロ入り後も多くの人との出会いに支えられた。同期入団の中村剛也も、栗山の野球人生を語る上で欠かせない一人だろう。
昨年、2人で練習する姿を見て栗山に「どんな関係?」と尋ねると、「不思議な関係ですね」と笑った。「ご飯を一緒に行くわけでもなく、野球の考えも違う」。そう言いながら、2人は当たり前のようにキャッチボールをしていた。
入団発表を前に2人で関西から上京し、高層ビルに驚いた少年たちは、今や西武の歴史に名を残す存在となった。多くの人との縁に恵まれたプロ生活。その原点には、来る日も来る日もバットを振った“野球の父”との日々がある。(中国本部長兼四国本部長・岩本 隆)
