渡辺元智さん いつまでも尽きなかった野球への情熱 公園で野球をする子どもに声をかけ【悼む】

横浜高校元監督の渡辺元智さん=2013年
渡辺元智元監督(右)から指導を受ける横浜・織田翔希=2025年
激励に訪れた渡辺元智元監督(右)とグータッチを交わす横浜・村田浩明監督=2025年撮影
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 高校野球の強豪、横浜の監督として甲子園通算51勝、史上3位となる春夏5度の優勝を遂げた渡辺元智さんが17日、死去した。81歳だった。1968年から2015年まで指揮し、98年に松坂大輔投手(元西武、レッドソックスなど)を中心に史上5校目の春夏連覇。教え子にはプロで活躍した選手が多数おり、高校日本代表監督も務めるなど技術振興にも寄与した。葬儀・告別式は近く近親者で執り行う。

  ◇  ◇

 記者となって以降、渡辺さんは野球の“先生”という存在だった。アマ野球担当となって1年ほどたったころ。コラム執筆のため、隔月に一度のペースで通った。いつしか定番となった取材場所は、横浜高校近くに当時にあった喫茶店。カレーをごちそうになりつつ、時間があっという間に過ぎるほど勉強させていただいた。

 野球論や指導論に耳を傾ける時間は名将による極上の“授業”だった。何度も登場したフレーズは「我慢」、「忍耐」。監督となった後に練習の合間を縫って教員免許を取得されたように、高校野球を通じて人を育てることもおろそかにしなかった“先生”だ。

 教え子である村田監督の就任以降、遠ざかっていた長浜グラウンドへと戻ってきた。「出しゃばっちゃいけないと思ってね。でもスッと体が行っちゃうんだね」。ジャージー姿でブルペンの投手陣に身ぶり手ぶりを交えながら指導する姿は生き生きとしていた。

 いつまでも野球への情熱が尽きなかった。勇退後に公園へ散歩中のエピソード。野球ボールで練習する子どもを見つけると、たまらず声をかけたそうだ。怪しまれないように名乗ったら背筋をピーンとされて驚かれたと笑う姿が忘れられない。

 今夏の甲子園からDH制だけでなくビデオ検証も採用され、7回制についての議論が進むなど高校球界は変革を遂げている。だからこそ、改めて“先生”の意見を聞きたかった。時間があっという間に過ぎるほどに。(デイリースポーツ・佐藤敬久)

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