カタカナではなく漢字で名前を登録された外国人選手は?【プロ野球記録企画】
デイリースポーツの記録担当がプロ野球のさまざまな記録をひもとく新企画「記録の向こう側」(随時掲載)がスタート。今回はカタカナではなく漢字で名前を登録された外国人選手を取り上げる。
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1979年の南海(現ソフトバンク)は、中軸打者の候補としてフランク・オーテンジオを招いた。77年にはエクスポズ傘下3Aで40本塁打を放った実力者だ。
77年オフに選手兼任の野村克也監督が退団し、主砲だった柏原純一も日本ハムへ去った。大きな痛手を受けた名門南海は、78年には最下位に沈んでおり、打線の強化が課題だった。
英語の名前の響きが、なんとも日本風に聞こえた。そこで、王貞治(巨人)の上を行くようにと「王天上」と登録名があらためられた。
1年目は本塁打こそ23本放ったが、打率は・248と低空飛行。なんとか残留したものの、2年目の80年には36試合で7本塁打に終わり、退団。世界のホームラン王の上を行く成績とは、ほど遠いままだった。
ファンにサインを求められると、慣れない手つきで「王天上」と漢字で応じていた。オリックスの鈴木一朗が「イチロー」と名乗ったのは、94年から。彼の大成功を受け、ロッテのサブローなどカタカナ登録名の選手が続出した。王天上が活躍していれば、漢字で名乗る助っ人選手も生まれていたかもしれない。(デイリースポーツ・高野 勲)
答え…王天上(南海)
