高代延博さんの追悼試合開催 長女が万感の始球式「ぐっとこらえて。父は病気でしんどくても泣かなかったから」生前に指揮を執った大経大と母校・法大が対戦

 阪神、中日などNPB6球団でコーチを務め、関西六大学野球の大経大で監督として指揮を執り、2025年12月に亡くなった高代延博さんの追悼試合が7日、大阪府茨木市の大阪経済大学茨木グラウンドで開催された。高代さんが2023年から亡くなるまで監督と務めた大経大と、高代さんの母校である法大が対戦した。

 試合前には追悼セレモニーが行われ、本塁に設置された献花台に両チームの監督、主将らが花を供えた。その後、両チームの選手や出席者が黙とうを捧げた。

 始球式には高代さんの娘・千夏さんが登場。高代さんがWBCで使用したユニホームとグラブでマウンドに立ち、ワンバウンド投球を見せた。「感謝しかないですね。両校さんのご配慮によって行われたので。父も喜んでいると思います」と感謝。高代さんを思い出すことはなかったか問われると、「ぐっとこらえてやらないと。父は病気でしんどくても泣かなかったから。たった1球のことですけど、なんか今は終わってしまって、なんか寂しいなと思います」と話した。

 高代さんが、がんに罹患(りかん)した後は闘病生活を支えてきた千夏さん。「3年ぐらいずっとお世話してたので、心に穴が開いたみたいな形にはなってますけど…。こういった経験も父が野球人じゃなかったらできませんし、いろんな方との縁をつないでくれたことが、父が残してくれた財産だと思っているので。これからも皆さんとの縁をつないでいけたらなとは思っています」としみじみ話した。

 高代さんは智弁学園から法大、東芝を経て、1978年度ドラフト1位で日本ハムに入団。89年に広島移籍後、同年に現役を引退した。

 引退後は広島、中日(2回)、日本ハム、ロッテ、オリックスでコーチを務め、10年には韓国・ハンファのコーチ。14年から阪神1軍内野守備走塁コーチ、作戦コーチなどを歴任して20年に退団した。

 09、13年にはWBC日本代表で内野守備走塁コーチも務めた。23年から大経大野球部の監督に就任。25年12月9日に食道胃接合部がんのため死去した。

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