広瀬叔功さん死去 常に謙虚なダンディーで格好いいスター 誰からも愛される優しい人柄

 南海時代の広瀬叔功さん=1970年5月
 広瀬叔功さん
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 南海(現ソフトバンク)で外野手として活躍し、監督も務めた野球評論家の広瀬叔功(ひろせ・よしのり)さんが2日に心不全のため亡くなったことが5日、分かった。広島県出身。89歳だった。葬儀・告別式は家族で既に執り行われた。走攻守三拍子そろった右打ちの外野手として南海の黄金期を支え、5年連続5度の盗塁王に輝くなど通算596盗塁はNPB史上2位。1999年に野球殿堂入りを果たした。

  ◇  ◇

 グラウンドでは韋駄天(いだてん)で恐れられ、大阪球場での試合後はトレンチコートの襟を立ててさっそうとミナミの街に消えていく、ダンディーで格好いいスター選手-。広瀬さんの現役時代を知らない私が伝え聞いた人物像だった。

 そんなイメージが一変したのは、マツダスタジアムの記者席だ。晩年は故郷の広島で評論活動をされていたが、記者席の中央2段目が指定席。好々爺(や)然とした話し好きの人だった。真後ろに座るデイリースポーツ評論家・安仁屋宗八氏との漫談のような会話は忘れることができない。

 テスト生としてプロ入り後、投手をクビとなり、遊撃手では悪送球が多く外野に回ったこと。広島に戻ってからは所有する船のエンジントラブル、大好きなお酒を医者から制限されていること。孫をソフトバンクの王貞治球団会長に会わせても喜んでもらえなかったこと。出てくるのは失敗談ばかり。周囲を笑わせてくださった。

 スター選手にもかかわらず自身の成功を自慢することなく常に謙虚な姿勢は、勝負どころでしか走らない8割を超える驚異的な盗塁成功率にもつながっていたのかもしれない。

 グラウンドでは縦横無尽に走り、ユニホームを脱げば誰からも愛される優しい人柄。輝かしい実績とともに記者席での温かい笑顔を忘れることはない。合掌

(デイリースポーツコンテンツ局次長・岩本 隆)

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