頭でっかちの考え方をシンプルに “松井を継げなかった男”大田が日本ハムで花開いた理由

 今年は新型コロナウイルスの影響で無観客スタートとなったプロ野球のキャンプ。デイリースポーツでは、球場で観戦できない読者に代わって、最前線の今をお届けする『プロ野球番記者ワイドEYE』(随時掲載)を企画。日本ハムからは、巨人から移籍5年目を迎えた大田泰示外野手(30)が新天地で開花した真相を探る。

  ◇  ◇

 “ファイターズの大田”は今年、5度目のキャンプを送っている。2016年オフに巨人からトレードで加入。巨人時代は1軍に定着できなかった「未完の大砲」も、今ではチームの中心選手だ。19年にキャリアハイの打率・289、20本塁打、77打点。豪快なフルスイングで、昨季まで4年連続2桁本塁打をマーク中だ。

 「『アイツ、いつまでも体動いているな』って思われたい。キャンプは自分を鍛える絶好の場。妥協したくない」。そんな大田も今年6月には31歳。「甘えられると思うんです、チーム的にも立場的にも。『今日、僕いいです』って」と話しながらも練習では手を抜かない。「それじゃ体が怠けていくだけ。この体で走れるから、みんな注目してくれる」。昨季3個に終わった盗塁への意識を高め、進化を追求している。

 新天地で才能が花開いたが、一体、何が大田の中であったのか。移籍当時の心境については「うれしさと、悔しさ半分半分」と振り返る。巨人時代は「僕の中で変なプライドが少なからずあったと思う。ドラ1で入って55番をつけて、そこで結果を残せなかった」。09年の巨人1年目から松井秀喜氏の背番号55を背負ったが、8年間で9本塁打。途中で背番号も変更された。

 周囲の期待に応える活躍を求めるあまり、自分を見失った。「何を取り入れて、何を排除しないといけないかが、うまくできなかった。取り入れるだけ知識を入れるんだけど、自分の芯がなかった」。コーチや先輩に質問をぶつければ、答えは返ってくる。だが、頭の中は“消化不良”を起こした。「活躍するためには『何かを変えないといけないって』周りも言う。でも変えたいけど、変わりきれない」。伸び悩む大田にとって転機となったのが移籍だった。

 「『大田泰示』というものを、もう一回、新鮮な目で見てくれる」

 技術面で大きく変えた部分はないという。ただ「頭でっかちになっていた考え方をシンプルに変えた」。その一例がボールの見極め方だ。豪快なスイングが持ち味の大田だが、「ジャイアンツの時は、ボールをよく見てよく見て打とうとしていた」。現在は「ボールを打ちにいって打ちにいって見逃すという感じ。チーム全体の打撃のカラーも合っていた」。打席の中で受け身になっていた姿勢は、移籍によって本来持っていた貪欲な姿に戻った。

 巨人時代の指導者への感謝の思いは今も胸にある。昨季115試合出場で1失策、守備率は・995。守備が苦手だった男が悲願のゴールデングラブ賞を獲得した。「当時の1、2軍のコーチが熱心に一生懸命教えてくれて、ノックを打ってくれた。1球のミスで負ける厳しさをたたき込んでくれた。感謝しかない。8年間というのは決して無駄ではなかった」と語る。

 プロ13年目。今季中には国内FA権の資格取得条件を満たす見込みだが、「FAは本当にほっといて、ただ優勝したい。それだけ」と頂点だけを見据える。巨人と日本ハム、2つのDNAが宿る男は、優勝の原動力となることだけを考えている。

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