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【横浜前監督の渡辺元智氏コラム】まだ議論の余地ある「球数制限」

 延長17回を投げきってPL学園を退け、ベスト4進出を決めた横浜・松坂=1998年8月20日
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 春夏通じて甲子園5度の優勝を果たした横浜前監督の渡辺元智氏(74)による新コラム「目標がその日その日を支配する」がスタートします。松坂大輔(中日)らプロ野球選手を多数育てた指導者としての豊富な経験を踏まえ、これからの高校野球について独自の視点で語ってもらい、隔週で掲載していきます。第1回のテーマは「球数制限」です。

  ◇   ◇

 私は選手側に立って「球数制限」を考えた時に、大事なことでいいなと思います。ただ全国、日本高野連を中心にしていろいろな意見を出す中で決定するのがいいですよね。ちょっと時期尚早だと思います。しっかりとした根拠がないと。

 (都道府県によって)加盟校が多い、少ない、そういうこともあるでしょうし。ウオームアップで何球を放っているのかも考えないで、球数を100球に制限っていうのは、もう少し議論する余地があるだろうと。本当に賛成なんですけど、足並みをそろえてやっていくべきであろうと思うんですよ。

 例えば公立高校の1回戦。優勝候補のチームと戦って、ひょっとしたら勝てそうな雰囲気だなんて時があるわけです。そんな時に、球数制限でエースが代わった、まだ勝てる可能性があるのにもかかわらず100球で終えて交代するしかない、となったら。全然ピッチャーがいないのにどうなるんだよ、となるわけです。

 本当によく考えてみたら将来、プロに行きたくても実力的に行けないという人も結構いるわけです。自分の可能性やみんなでチームワークをともにして甲子園に行きたい、一生懸命やって優勝チームを倒してやろうとか、どちらかというとこういう生徒の方が多いと思うんです。

 1998年夏の甲子園。PL学園との準々決勝で松坂は球数制限があれば、そんなに投げていなかったと思いますよ。でも、再試合ということがあり得たわけですから。このゲームは絶対に任そうと。松坂の肩はしっかりしていて頑丈だと思います。練習でも本人の意志で球数を投げ込んでいましたから。最低200球は放っていましたね。延長十七回まで投げさせたのは信頼関係と、練習の中で松坂という選手にどのくらいの能力があるか理解していたからです。

 翌日の準決勝で松坂を先発させなかったのは、PL学園戦での彼の一挙手一投足を見ていて、非常に限界に近いようなしぐさをしていたからです。あの一戦が障害予防に対してのターニングポイントだったと思っています。というのもあの試合が議論を呼び、延長十八回再試合から延長十五回制になったわけですから。

 高校生になって成長過程の中で、ある程度の大人の肩と、まだ成長過程の肩があると思います。やっぱり能力によった指導というのは大事。私自身が肩を壊して野球を断念していますので。医学的な知識や障害予防に対して見る目も必要です。

 私はケガした選手の治療についていきました。よく監督がグラウンドにいなきゃいけないんだって言われますが、そんなことは関係なくて。逆に病院へ一緒に行き、医療知識を深めた方がよっぽどいいと思います。それが監督自身の知識、障害予防につながるのではないでしょうか。

 ◆渡辺 元智(わたなべ・もとのり)1944年11月3日生まれ、74歳。神奈川県松田町出身。横浜では外野手で甲子園出場はなし。65年から母校のコーチを務め、68年に監督就任。73年のセンバツ優勝を皮切りに、98年の春夏連覇など甲子園優勝5度。70年代から2000年代まで、4つの年代で甲子園を制した唯一の監督。15年夏に勇退。甲子園通算51勝は歴代4位タイを誇る。

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