元西武・永射保さん死去、63歳 ピンク・レディー「サウスポー」のモデル
西武などで左腕の変則フォームを生かして活躍した永射保(ながい・たもつ)氏が24日午前、がんのため福岡県久留米市内の病院で死去した。63歳だった。鹿児島県出身。通夜は25日午後7時、告別式は26日正午から、いずれも久留米市野中町865の久留米草苑で。喪主は妻累理子(るりこ)さん。
鹿児島・指宿商高からドラフト3位で1972年に広島に入団し、74年に太平洋クラブ(現西武)に移籍。主にリリーフとして活躍し、広岡監督時代は3度のリーグ優勝などに貢献。ピンク・レディーの大ヒット曲「サウスポー」のモデルとされている。
87年に大洋(現DeNA)、89年にダイエー(現ソフトバンク)に移籍し、90年限りで現役を引退した。通算成績は606試合に登板し、44勝37敗21セーブ。引退後は硬式野球クラブ「小郡シニア」の監督を務め、永江恭平(西武)らを育てるなど、少年野球の指導にも尽力した。